プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

国境なき苺のショートケーキ

いきのびる/かえりのばす

 

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自分の街に刑務所が

建つのは少し嫌だけど

この世界から刑務所が

無くなるほうが困るから

 

ぼくの街に建てていいよ

 

自分の街に火葬場が

建つのは少し嫌だけど

この世界から火葬場が

無くなるほうが困るから

 

ぼくの街に建てていいよ

 

近くにあると嫌だけど

どこかに無いと困るなら

 

ぼくの街に建てていいよ

 

清掃工場も建てていいよ

下水処理場も建てていいよ

屠畜場も建てていいよ

精神病院も建てていいよ

原子力発電所も建てていいよ

軍事基地も建てていいよ

 

どこかに無いと困るなら

どこかに無いと困るから

 

ぼくの街に建てていいよ

 

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ウシガエルの講義

 

「君には、下限を狙う癖がある」

 まるで惑星を指で摘まんで観察するように、ウシガエルはそう言った。ウシガエルというのは、小学生の頃に現れた僕のイマジナリーフレンドだ。僕にだけ見ることのできた彼は、いつも僕の背後に立って、たまにゲコゲコと鳴いていた。はじめはただのウシガエルだった。人間サイズではあったけれど。中学生になってから、言葉を話し始めた。高校の三年間は黙り込んで、何かを考えているようだった。二十代になってから、饒舌な大学教授のように話すようになった。

「そこにハードルがあるとき、最小限の労力で、できるだけすれすれの高さで飛ぼうとするのは、少なくとも君の癖だ。良い悪いは別にしてね」

「静かにしてくれないか」

 ウシガエルは、僕の言葉に耳を貸さない。

「君は常に、許されることを優先する。変わった男だよ。褒められることなど夢想だにせず、君はただ、許される高さで飛ぼうとする」

 彼がここまで流暢に話し出したのは、つい最近のことだ。放っておくと、すっかり一日中話すようになった。話の内容はほとんど、僕についてだ。僕の性格に文句があるのか、それともそれしか話すことができないのか、心理分析めいたことをひたすら語る。

「私が思うに、君の生きる原動力は義務感だ。親を悲しませたくない、だから生きる。幸せにならなくちゃいけない、だから生きる。ここまで生きてきたのだ、だから生きる」

「静かにしてくれないか」

「故に君は、達成感と疎遠な存在だ。君の抱える義務感には終わりがない。つまり達成がない。それが義務だとするならば、得られるのは疲労感のみだからだ。よって君は、下限を狙う。人生そのもののパートタイムジョブ化とでも言おうか。レジ打ちの技術の向上も、品出しの見栄えの美しさも、君はめざさない。ただ最低限の、かろうじてコンビニ店員であれるすれすれを狙い過ごす。もちろん、コンビニ店員ならそれでかまわないのかもしれない。しかし君は、生き様がそうなのだ。仕事も趣味も道楽も、綯交ぜにして義務にしている」

 僕は磨いていたガラス瓶を机に置いた。集中できやしなかった。

「君のその、ガラスアート。周りのみんなはこう言う。君が好きでやっていることだろうと。無論、私だってそう考えている。ところが、どうも君を見ているとそうではないと気づかされる。君の作るガラスアート作品でさえ、恐るべきことに君は下限を狙っている。そこに追求や探求はない。――これなら問題ない、という考えが君を支配している。私は問いたい。その“問題”とやらは、一体誰が出題した“問題”なのかね」

「静かに、してくれないか」

「私に言わせれば、君のその“許されようとする姿勢”そのものが、許されざる怠惰に思えるのだがね。君自身、とうに気づいていることだとは思うが」

「静かにしろって言ってるだろ!」

 僕はウシガエルに向かってガラス瓶を投げつけた。ガラス瓶は勢いよく、僕にだけ見ることのできる彼の身体を通り過ぎて、壁に当たって砕け散った。

「断言しておく。君のその義務感は、すべて錯覚だ。君に、やるべきことなど何もない。誰も君に、求めてなどいない。君の行いはすべて、君が自発的に取り組んでいることだ。仕事も、趣味も、道楽も、飲食も、睡眠も、喫煙も、恋愛も、盛装も、君の生命の持続でさえ、義務でも何でもない。君の勝手だ」

「……掃除しなくちゃ」

 僕はクローゼットから塵取りと箒を取り出し、散ったガラスを集め始めた。

「だからこそ、……というこれは“励まし”なのだがね。だからこそ義務感など抱くなという、アドバイスなのだけれど。君にはなかなか届かない。そのガラスの破片を、どれだけ集めるかは君が決めていいことだ。集めたくないのなら、集めなくても一向に構わない。もちろん、怪我をするのは君自身だけれど、それでいいなら誰も咎めない。そして事実、君はそれで構わないと思っている。それなのに、箒を取る。そしてまた、君の思考は義務感で支配され始めている」

「もう……、これくらいでいいか」

 僕はつぶやく。

「破片がまだ少し残っている。掃除機で吸ったほうがいいと、私は思う。私は、ね」

「これくらい集めたら、大丈夫かな」

「誰から許されようとしている。まさか私でもあるまい。全部、君が決めていいことだ」

 箒はまるで、鉛で出来ているかのように重かった。いつもそうだった。

「……ウシガエル、僕、本当は掃除なんてしなくてもかまわないんだ」

「だから君は下限を狙う。そして、そのことに罪悪感を覚える。義務感と罪悪感が、君の人生の原動力だ。掃除なんてしなくてもかまわないのに、掃除をしなくちゃいけないと考え、掃除をする。だけど掃除なんてしなくてもかまわないと考えているからこそ、できるだけ最小の労力で、許されるすれすれを狙おうとする。そしてそのことに、罪悪感を覚える。だからこそ、“罪悪感を覚えない程度に”を狙う。それが君の、最大下限目標値だ。最大、かつ、下限。どうしたって上限を狙っていない以上、君は罪悪感にまみれるのだけれど。……これ以上、何を言ってあげれば、君は楽になるのかな」

 今日はもう、眠ろうと思った。

「……こんなことを言いたくはないが、君自身、本当は生きていなくてもかまわないと思っているんだろう?実はね、そう思っていてかまわないんだよ。生きたいと思い続けなければならないなんて、空虚な妄想で、単なる本能だ」

 これ以上ウシガエルの言葉に耳を貸すと、僕は死んでしまうかもしれないと思った。許されるすれすれを生きて、許されるすれすれで暮らしたい。明日も。

「やれやれ。今日も君は、首吊りロープを3Dプリンターでコピーする夢を見るのだろう。もう二か月もこの夢だ。ひらすらコピーして、“念のために”カバンに懸命に詰め込んでいく夢。参ったね、イマジナリーフレンドの身にもなってほしいものだが」

 眠ろう。

 

END

 

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飛び降り自殺の練習に、バンジージャンプを予約した

 

 もうだめだ、と思った。わりと、ある日突然だった。それまでも自殺の方法についてグーグルで調べることがあったし、死への憧憬みたいなものは、ずっと昔から持っていたような気がするけど。ある日、そんなレベルではない「死にたさ」が、僕の身体を襲ってきたのだった。それからずっと、自殺の方法について考えている。一刻も早く死にたい。

 首吊り自殺が最も楽らしい、というのは知っていた。ロープを買いに行く余裕はなかったので、延長コードで試してみた。長さは十分だったが、首に食い込んで痛かった。タオルを挟んでみたものの、もう少し太いものが欲しいと思った。調べてみると、結び方にもいろいろあるらしく、なんだかもう良く分からなくなった。

 何もかもが面倒だった。とにかく、楽に死にたかった。この場合の楽にというのは、手間をかけずにという意味だった。苦しまずに済むのならそれもベストだが、何よりも煩わしい準備をしたくないというのが、一番の希望だった。

 住んでいるマンションの屋上に登ってみた。12階。駆け上がった。早く、早く、死にたい。ここから飛び降りれば、きっと死ぬことができるだろう。電車に飛び込むことも考えたが、やはり迷惑をかけるのは本意ではない。もちろん、マンションの屋上から落ちるのも迷惑には違いないが、電車よりは幾分マシだろう。着地時に誰かを巻き込まないように、注意を払うべきだけれど。ところが。

 人通りを確認するために、下を覗き込むと、足がすくんだ。想像以上に怖かった。身震いした。僕は臆病だった。着地の衝撃や、死が怖かったわけではない。「落下」という現象そのものが、とてつもなく怖かった。僕は絶叫マシーンが苦手だった。二度と乗らないと決めている。あの、身の毛のよだつ浮遊感が蘇った。恐ろしかった。恐ろしかった。死ぬことなんか怖くない。死にたいのだから。ものすごく死にたいのだから。ただ死に至る過程で、恐怖や痛みを被るのがごめんなのだ。ちくしょう、急がば回れ、か。

 

 飛び降り自殺の練習に、バンジージャンプを予約した。北関東で一番の高さを誇るらしかった。想像しただけで怖かったので、栃木県にある遊園地の子供用ジェットコースターから訓練するべきかもしれないと思った。そうだ。VRゴーグルを買って、まずはバーチャルで練習するのはどうだろうか。それがいい。そうと決まればイオンに行こう。一刻も早く!

 

 年末商戦でイオンは混み合っていた。VRゴーグルにもたくさんの種類があった。

 どれを選んだらいいのか、すごく悩むぜ!ワッフゥー!

 

 日用品売り場で太めのロープを見つけた結局それ買って死んだ。

 

END

 

##############

 

生きてる人が馬鹿みたい

 

ツイッターをやめてみると、そこにいる人がみんな馬鹿に見えた。タイムラインに流れる言葉が、すべてクソに見えた。思えば、あたしの人生はそんなことばかりだった気がする。

 

 部活をやめてから、部活をしている人が馬鹿に見えた。汗水を垂れ流した馬鹿に見えた。高校をやめてからは、同じ制服を着て登校している彼らが馬鹿に見えた。仕事をやめたら、やっぱり仕事をしている人が馬鹿に見えたし。彼氏と別れてからだって、案の定、バカップルで。

一週間ほどご飯を食べていないけど、とうとう飯食ってるやつがすごく馬鹿に見えるし。

 

 ツイッターをやめても、やっぱりあたしはこうなるんだな、と思った。

 あたしは、いろんなことに酔えなかった。

 あたしは、生きることにさえ酔えなかった。

 酔っていられたら、もう少し、生きていられたような気がする。

 

 一番の馬鹿があたしだなんてこと、そんなことわかってる。

 

 わかってるのに、でも、たぶん、死んでから、死ぬ間際、今この瞬間、こう思うの。

 

 生きてる人って馬鹿みたい。

 

途絶

 

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なんちゅう例えをしてくれる

 

「何がme tooだ、クソ野郎」と思うあたしがここにいることを誰も知らないし、誰にも知られてたまるかって思う。これはあたしの、あたしだけの悔しさだ。あたしだけの孤独だ。決してミートゥーなんかじゃない。あたしはあんたとは違うし、あんたたちとあたしは違う。あたしは、あたしたちではない。あたしは、あたしだ。

反吐が出るような仲間意識に勇気を奮い立たして告白している馬鹿どもを見て、悔しくて涙が出た。あたしは誰にも相談なんてしなかった、ただ一人を除いて。そのほかには、これからする予定もなかった。そいつはあたしを救おうとさまざまな策を提案してきたけど、あたしはただ耐えていた。そしてほとんど、耐え終わっていた。乗り越えていた。あたしはあたし一人の力で、生き延びていた。しかも、これからも生き続けていく予定だった。

あたしと「似たような被害」にあった人たちが、どんどん声を上げていく。「似たような被害」を受けた人たちが、勇気を振り絞り告白していく。それが次々と連鎖して、巨大化して、社会的な運動になっていく。なぜ反吐が出るかというと、あたしは「知っていたから」だ。あたしは「あたしと似たような被害を受けている人がたくさんいる」ことを知っていたし、これが「あたしの身に天文学的な確率で起こった、とても不幸でとても稀有な例」だなんて考えたことは一度もないからだ。いや、それを、見て見ぬふりをすることによって、そんなことはわかって、いや、わかっていたけど、だから、わかっていないふりをして、特別なことだと考えないと、やってられない、あ、く、ああ、やってられなかったじゃないか。

特別なあたしに、特別な不幸が降りかかり、特別なあたしだから、特別に乗り越えることができたんじゃないか。そう思って、生きてきたんじゃないか。

ああ、うう。そうやって、声高に被害を叫べば、楽に、なる、なんてことがないこともわかっていて、それは、もちろん彼女たちもそんなつもりがないことは知っていて、「知っていて?」、あたしの、この、「あたしだけの」、辛い、あたしだけが感じた、ああ。

ミートゥーって言うのを、やめろ、今すぐ。あたしは、あたしは、あたしも、じゃない。「似てる」。同じ、良くある話、だから、それを、「良くある話、じゃないようにしよう」っていう運動は、いいと思う、「いいと思う?」今までは、「良くあった?」、だから、「こんなにたくさんいて」、あたしが、「その中のひとり?」その中のひとり?あたしが?

 こんなにも苦しい思いをして、したのに?

 

 ……驕っているつもりなんか、もちろんない。

 あたしは、被害者のひとりで、そりゃそうだってわかってる。あたしと同じような被害者を生まないための世界作りは、なにひとつやぶさかではない。

 ただ、「ブーム」になるのがしんどいの。

 

 ただ、ちょっと、「ブーム」っていうのがしんどいの……。

 

って思ってるという話を、あたしの被害を唯一知っている、なんでも相談できるただ一人の男友達にしたら、「好きだったインディーズバンドがメジャーデビューした感じ?」と言われた。こいつマジなんなんだよ、ハンドスピナー四個持ってるし。死ねや。

 

END

 

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恋愛適温

 

震えた手で書いた可読性の低いラブレターは、

可燃性が高いからよく燃えた。

再現性のある恋が、規則性を持って訪れるから、

てっきり普遍性が担保されたものだと思っていたけれど。

 

この恋は一度きり、

なんて信憑性の低い噂が、

安全性を高めるために流布されていたとして。

 

このチョコレートの融解温度に、

ある種の必然性があるのは明らかだから。

 

夜行性のあたしは、

日が昇って溶けるまで、

ラブレターで明かりを灯して、

惰性が木星に届くまで。

 

届くまで、届け。

 

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キャラメル_灰色_曇り空

 

 あたしがテレビを見なくなったのは、別にテレビがつまらなくなったからじゃない。単に、「テレビが不便」だからだ。若者のテレビ離れは、放送される番組の出来不出来で起こっているわけではないと、どうしてみんな分からないんだろう。決まった時間に、決まった番組を、テレビのある場所でしか見られないことが、もはや現代においてはひたすらに不便であるだけだということに、どうして気がつかないんだろう。新聞だって同じだ。ただ単に、あんな大きな紙をばさばさ読むのが、不便だから手に取らないだけだ。YouTubeの急上昇チャートにテレビ番組がランクインするのも至極当然の話。テレビ、おもしれえし。

 インターネット上の動画や、ネットニュースの質が高いだなんて、あたしも思わない。潤沢な資金と豊富な人材で練り上げられたテレビ番組はとても面白いし、新聞記者の文体は揺れがなくて読みやすく、歴史と看板の重みのおかげで情報の信頼度も高い。

ただ、とにかく不便でマジ卍っていうだけの話なんですケド。

 質が高いか低いかは問題ではない。便利かそうではないかの問題なのだ。便利かどうかが問題でないなら、コンビニエンスストア現代社会を支配なんかしなかっただろ。便利かどうかが問題なのだ。質がどうとかの話を、いつまでしているんだろう。この人たちアレなのかな…、とあたしは思う。誰もコンビニ弁当をうまいと思って買ってねえよ。一番近くて、そんでまあうまいからだよ。一番近くが一番理由だよ。質の高い番組を、質の高い情報を、質の高い食事を、得るために不便を天秤にかける。そして日常は便利に傾き、不便が特別に傾くんだよ。そんなん12歳で気づいたけどな。

 

 近い将来、あたしがご飯を食べなくなるのは、きっとそれが不便だからだ。購入し、調理し(レンチン)、咀嚼し、嚥下するというプロセスの多さに、辟易とするからだ。そこでもきっと、うまいかどうかという話をする馬鹿がいるんだろう。うまいとか、便利の前では無力だ。それにミラクルチューブ(未来の栄養摂取用の円筒)はある程度、満腹感と満足感を刺激する機能がついている。(今はまだない)(ミラクルチューブ自体)

 

 遠い未来、あたしが人生の歩みを止めるのも、きっとそれが不便だからだ。このスーパーミリオンライフコネクトがあれば、人生で得られる満足感を1分で得ることができる。出会いと別れ、まあ人生の最期のほうに感じる、あの「生きた感」を得られるのだ。ここでも実際にどうこうとかいうやつが出てくるけど、そういうやつらはマジ卍。部活の引退試合でミスをしたあの悔しさも、取引先であいつに出会った最初のときめきも、生まれてきた息子のスーツ姿を見たときの言葉にできない喜びも、全部このスーパーミリオンライフコネクトなら、ワンクリックで脳にドピュンだ。便利じゃろがい。便利じゃろがい!

 前例が多すぎて大体想像できる人生の満足感を得るのに数十年って、マジで新聞のばさばさ感と全く同じ。スーパーミリオンライフコネクトの使用者アンケートでも、「悪くない人生だった。だけどもし、このボタンを押さない人生があったなら、そんな生き方もしてみたかったかもしれない」っていう人がいた(いない)(SMLCがないから)(Super Million Life Connect)。でもこいつ、スーパーミリオンライフコネクト使わなくても絶対そう思ってたから。結婚するルートでも結婚しないルートでも、どっちでもそういうこと思うタイプの人なだけ。あのさ、得られる充実感に遜色がないのなら、かかる時間なんて短いほうがいいに決まってるじゃろがい。そうじゃろがい!

2時間の映画と、てめー、5分のショーム(ショートムービー)でOMR値が(おもろち)(=おもろさ)がどっこいなら、5分で済むほうがいいだろうが!2時間見るならお前、5分のショームの24倍のOMR値がねーと成立しねーだろうが!

 

 とりあえずはミラクルチューブも、スーパーミリオンライフコネクトもないから、あたしはキャラメルを頬張って、雨が降りそうな空を見上げた。

 あとどのくらい、この空を、この味を、感じていればいいんだろう。そりゃあさぁ、心がちょっと泣きべそかいてさぁ、歯につく甘さの現実感に、ちょいなちょいなと生の喜びを覚えたりもするんだけどさぁ。するんだけど、この感じはもう、この感じは……何回目だよ。

 

…………n回目かよ。

 

 人生が、不便で、長い。

 

END

 

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神秘的、あまりに神秘的な

 

僕に言わせれば、××××に入信している人も、お葬式をする人も、みんな同じ穴の貉だ。そこに差はない。僕は、宗教を信じない。日本の「いわゆる無宗教」的な考え方とも違う。僕は、「本当の意味での無宗教」だ。僕は死を悼まないし、初詣にも行かない。ありとあらゆる霊的なもの、神秘的なものを信じない。だから僕には罰が当たらないし、祝福も起こらない。魂もないし、続かない。僕にとっては、

 

ミニスカートも。

プラネタリウムも。

貨幣も。

三角フラスコも。

図書館も。

ロサンゼルス空港も。

ぜんまい時計も。

 

生きているということなんて馬鹿馬鹿しく、

魂なんて宿らないまま。

 

僕も。

 

途絶

 

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リアルゴールド酎ハイ

 

なあなあ、ちょっと聞いて。

 

死にたいって思って、死ぬことを考えるんやけどさ、そしたらやっぱり、「死なれること」を考えたりしてな。自分が死んだらどうなるんやろうってこともちょっとは考えたけど、それより、この人が死んだらどうなるんやろうって考えた。なんか、相手の立場になって考えてるのか、それともより自分本位な、勝手な考え方なのかわからんけど。なんかさ、僕はさ、燃えるような恋っていうのはしたことないんやけど、ずっと、かなり長い間、穏やかに好きな人がいて、告白とかもできてないんやけど。昔から、その人に恋人ができたときに結構ショックを受けたりとか、その人も自分のことが好きなんじゃないかなって急にうぬぼれたりとかしたことがあって、なんかそんなことを思い出して、その人が死んだらどうなるんかなって考えたら、ちょっとすごかったな、びっくりするぐらい涙が出た。その人が死んだときくらい涙が出た。死んでないのに。まあ心が弱ってるからっていうことも大きいとは思う。やっぱ死ぬこと考えたりしたら、昔のこととかも思い出すねんな。で、いまだに、やっぱり、穏やかにとても好きなんやなって思った。失うとか、損なうとか、そういうことばかり考えることが多くなってて。それはまあ、そういう時期というか、そういう症状が出てるんだろうとは思うんやけど、好きな人のことを考えると、その、失うとか損なうとかが、真っ白に光って見えて。なんか、こんなふうに人を好きになれて本当によかったなって、思った。すごく救われた。その人が死んだ時を想像して、涙が止まらんくらいすごい量出て、それでなんか、めっちゃ助かった。そんでやっぱり、好きってことを伝えてから死なんとあかんなって思った。死なんとあかんっていうか、別に死なんねんけど(慢性的に「死」っていう概念?文字?が頭に横たわってるだけ)、こんなふうに人を好きになれて、僕を、僕なんかにこんな感情を与えてくれたってことを、ありがとうって言いたいと思った。だから告白しようと思ってる。その人とやったらな、生きていけるとさえ思って。すごくない?そんなこと、考えたこともなかった。全然結婚なんてしたくないし、僕に子供なんか育てる資格なんかないって思ってるねんけど、(実際僕自身が生まれてきてよかったってちゃんと思えてない5分前があって)、子供は作りたくないって思っててんけど、その人とやったら、イケるって思った。まあフラれるとは思うんやけど。全然脈ないし。でも、ほんまにすごいのが、そんなん、ええってちゃんと思えることやねん。そんなことはどうでもええねん。好きになれたことがすごくて、こんなふうに思えたことがすごくて、その延長線上に、まるでビブラートみたいに、「付き合いたい」とか、「結婚したい」とか、そういうのがあって。伝えたい、伝える時の形というか、この光を意味化するときに、そういう表現になるだけで。「抱きたい」とか。これはもう、僕にとって、その人は神様なんやと思う。すげえな、J-POPやん。J-POPって、良い歌なんやな。みんな、こんなふうに人を好きになってたんや。聞こえたことがなかった。僕、ずっと知らんかったな。歌、生まれて初めて聞こえた。はは。その人の悪いところは、まだ見られてないんかもわからへん。僕、神様とか言うてるし。でも、人間やから、悪いところも汚いところもあるんやと思う。僕よりも少ないやろうけど。僕は悪いところとか汚いところのほうが多いけど、でも、僕にだって光ってる部分はあるねん。この、僕の、ちょっとした蛍光塗料で、その人の窪んだ部分を照らして、その人のまばゆい太陽が、僕の洞窟を照らしてくれたらいいなって、思う。すごいな、ほんま。その人のこと考えてたら、こんなにも生きる気力が湧いてくる。嬉しい。天気もいい。その人は、たぶん僕のことを恋愛対象としてみてはないから、付き合ってはくれへんと思う。僕と、キスとかはしたくないやろうと思う。でも、僕のこと、好きでいてくれるんじゃないかなって、そんなふうに思ってる。たぶん、そんな人なんじゃないかなって、思ってる。だから、伝えたいって、思う。ただ、ありがとうって言いたいねん。好きにならせてくれて?なんていうたらいいの、わからん、ほんまに、その人と出会えてよかったって思う。その人がいたから、とりあえず今日、今この瞬間、死なずに済んでいて、同時に、生きていてよかったと、思わせてくれて、ひいては、産んでくれてありがとうって親に感謝するほど。嘘みたいに。その人がいてくれたから。その人は、メールを送ると返してくれるから。うん。

 

ごめんごめん、僕ばっかり喋って。

 

お酒に酔ってるからっていうのも、あるけどさ。

こんなに死にたいのに、死にたいからこそ、愛しいって、わかって、死にたくないとまでは思わないけど、生きていけるような気がしてな。

あ、店員さん。すんません、この、リアルゴールド酎ハイっていうのください。

 

……ふん、ちょお、待って。

栄養つけようとしてるやん、僕。自殺するっつってんのに。

 

うおー。恥ずかしいなあ、生きるの、死にてー。

 

END

 

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ひばけもの

 

排水溝から化け物が出てきた。

「こんにちは」

僕が言ったのか、化け物が言ったのか、わからなかった。

「こんにちは」

僕が言ったのか、化け物が言ったのか、わからなかった。

「こっちの世界に、何か用?」

僕が言ったのか、化け物が言ったのか、わからなかった。

「君のほうこそ、何か用?」

僕が言ったのか、化け物が言ったのか、わからなかった。

どちらが発した音なのか。

どちらが発した声なのか。

「×××× ×× ××××××」

「×× × ××××」

「誰と話してるの?」

あっ、お母さんだ。

「排水溝から、出てきちゃったんだ」

「そう。だったら、戻ったほうがいいわね」

「うん。間違えちゃった」

ごぼぼぼ、ごぼ、ごぼぼぼぼ。

ごぼごぼ。

ごぼ。

「もう、出てきちゃだめよー」

 「ねえ、お母さん」

  なあに?

   あいつ、なんだか僕みたいだった。

    そうね。僕みたいだった。

   うん、あいつ、僕みたいだった。

あれ?

 僕の声って、どんなのだったっけ。

 

暗く深く、沈んで、僕の一人称が溶けていった。

 

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どうでもいい

 

海外の演出家は「ダメ出しをしない」

「ダメ出し」っていう言葉を使う日本は~

 

みたいなのを目にしたけど、なんじゃそりゃと思う。そんなもんダメ出しの中身の問題で、それをどう呼称するかなんて関係ねえやろ。「リクエスト」でも「ノート」でも、どうでもええわ、そんなん。何の話をしとんねん。

 

「ダメ出し」っていう言い方やから、「ダメを出す」に主題が置かれている、かどうかは、そんなもんそいつ次第やろボケが。話聞いとったらわかるやろ。話も聞かんと「ダメ出しっていう言い方はさ~」とか言うてんちゃうやろなコラ。問題はその時間の名称なんかじゃなく、その時間の内容じゃろうが。何をしょうもないこと言うとんじゃチンカスが。ほいだら、コロすとかバラすとかの舞台用語が飛び交う日本は物騒なんかい。そんな言い方してるから荒々しいんかい。おお? 関係あれへん、仕事は丁寧じゃろうが、見てみぃシャバ僧が。

 

ほな、ワシが明日から「じゃあノート伝えていきます」言うたら何か変わるんかい。関係あれへんやろ、そのあと言うことが一緒なんだら変わらんやろうが!

仮にダメ出しって言葉の由来が、「DamDa see」やったらどないするんじゃ、なんかの神話用語の!大体わかれやカス!なんや、マツリゴトやった演劇を、神様的なもんが見とって、その神様的なもんの目線、「DamDa see」が由来やったらどないするんじゃボケが!お前、なに笑ってんねんブチくらかすぞゴラァ!!!!!

 

そもそも駄目っちゅうんは囲碁の言葉なんじゃろ? ワシも学ないけど、それは知っとんねん、トリビアで見たからのぉ!囲碁で言うたら、差しても意味あれへんとこや。囲碁知らんけど。なんやアレやろ、だから、オセロで言うたらひっくり返らんとこみたいなもんやろ。

俳優がのぉ、そんなとこに石置いたら指摘するんは当たり前やろ!オセロやったらルールにも違反しとるし!

いや、まぁええわ、指摘せんでも!ええねんそこは!俳優が自分で気づくように仕向けていくやり方でもええわ!それはそれぞれ好きにしたらええ!そんなもん現場によるし俳優によるやろ!もし海外ではその俳優を導くやり方が多いっつーんなら、それはなんかワシも学ばなアカンかもしれんの!

 

ただな、とにかくな、駄目を伝えるか、俳優を導くか、そのチョイスの判断をするときにな、その呼称が、「ダメ出し」か「ノート」かなんてもんは一切介在せえへんと言うとるんじゃハナクソがぁ!!!稽古期間やら俳優の能力やらを考えて答えを出すんじゃハゲェ!!なんや、ブーバキキ効果みたいな話しとんのけ!?ほな話変わってくるからまずは心理学者呼んで来いカスゥ!

「ダメ出し」でもなぁ、ようわからんけど、中身がお前の言う「ノート」であることは多分ママある話じゃ!アホンダラ!っちょぉ、もうええわ!

 

お前ほんま帰れ!ボケ!二度と「海外ではノートって言うんだよね~」みたいなこと言うてくんな!おもんないんじゃ、お前は!!お前の話はおもんない!!

 

着眼点がおもんない!!

ニワトリの鳴き声もクックドゥードゥルドゥーなんやろ!?どうせ!お前みたいなもんは!!こっちはコケコッコーでやっとんねん!

「こっちではクックドゥードゥルドゥーなんだよねぇ」って、それを言うときのお前の顔、なんかおかしいねん!なんか勝者の顔しとんねん!それがごっつ腹立つんじゃ!

 

どうっでもええ!!!!!

 

お前、おもんない!!!!!!

 

お前の話はおもんない!!!!!

 

ト締

 

#########

 

人生のくぼみみたいな夜

 

「不思議だね、男の人って。こんなので、いいの?」

 電話越しの女の子。彼女の声は、中学生くらいに聞こえる。

「いいよ。ありがとう。気持ちよかった」

 しばらくの間。

「……あれ?……お兄さん、変わってるね」

「なにが?」

「えっとねー、みんなはねー、イッた瞬間にねー」

「うん」

「すぐ切る」

 確かに。僕だっていつもそうしている。精液を出した後、というよりも正確に言えば射精しているその瞬間、すでに興奮は冷めきっているから。興奮が冷めた以上、電話口の相手に用はないし、なにより吐息を聞かれるのも格好悪くて恥ずかしい。

「お兄さん、なんで切らないの?」

「……死にたいから、かな」

 僕は不用意に、そんなことを口にしてしまった。

「お兄さん、死にたいの?」

「うん」

「死にたいから、イッたあとも電話を切らないの?」

「うん」

「なにそれ」

 女の子は少し笑った。

「ごめん、変なこと言って。ありがとね」

「あれ?もう、切っちゃう?」

「うん」

「でも、切ったらお兄さん、死んじゃうんじゃない?」

「……かもしれない」

「えー。夢見が悪いんですけど」

 時刻は深夜二時を回ったところ。どちらかというと、僕は夢見心地だった数分前から、こうして現の世界に戻ってきたばかりなのだけど。

「嘘だよ。死んだりなんかしない」

 僕は努めて明るい声を出した。

「じゃあ、あたしが死のうかな」

 無邪気な声。まるで正常位から騎乗位に移る、積極的な彼女みたいに。

「勘弁してくれよ」

「どっちで待ち合わせる?」

「どっち?」

「天国か、地獄」

 確か1分で120ポイント。入金した3000ポイント分が、あとどのくらい残っているのか気になった。彼女といつまで話さなくちゃならないのか、あるいは彼女といつまで話せるのか。そのどちらがキッカケになって浮かんだ心配かわからなかった。

「どっちがいいかな」

「でも、お兄さんってMだもんね」

「それ、関係ある?」

「甘やかされる天国より、いじめられる地獄のほうがいいんじゃない?」

「度合いによるよ。“釜茹で”も“灼熱”も怖い」

「そっか」

「僕はただ……自分の安全が保障されたうえで、しかも、直接的な快楽につながる刺激しか、好きじゃない」

「わがままだなぁ」

「うん」

「もう一回、いじめてあげようか?」

 本当に、僕のペニスに触れられているようだった。

「いや、……今日はもういい。ポイントも、もう無くなる」

「あたしさ」

「うん」

「お兄さんがどこに住んでる、何歳の、なんて名前の人か知らないじゃない?」

「うん」

「お兄さんも、あたしのこと、知らないでしょ?」

「私立の中学に通う、ブラウスの似合う女の子じゃないかな」

「まあ、好きに想像すればいいけど」

「違ったか」

「あたしはね、こんなふうに想像する。もしかしたら、この電話は全部あたしの妄想で、電話を切った後、向こう側の世界は全部消えて無くなってるんじゃないかなって」

「僕が君の妄想?まるでこっちの台詞だな」

「だってね、普通に生きてたら、お兄さんみたいな変態さん、どこにもいないんだよ。朝日が昇った後はね、ブラウスの似合う中学生にえっちなこと言われて、おちんちんをシコシコしちゃう男の人が、この世界にはまるでいないみたいになるの。だからね、電話の向こう側にしか存在しない世界。電話が切れた後は、夢みたいに消えていく世界」

「……僕は…、ここにいるよ」

「電話を切った後も?」

「うん」

「お兄さん、死なない?」

「……こういうことだと思う。きっと、おちんちんをシコシコして、悦んでいた僕は死ぬ。だけど、“それ以外の僕”が生き続ける」

「それ以外?」

「きっと君も、“おちんちん関係以外の君”が生き続けるんだと思う」

「じゃあやっぱり、“おちんちん関係の”あたしたちはここで死ぬのね」

「そう。“おちんちん関係の”僕たちは、ここで死ぬ」

「なんか、ちょっと、悲しいかも」

「だけど」

 ――安心して。おちんちんは朝になれば復活する。

 瞬間、ポイント不足で通話が切れた。

 

 なんちゅう頭の悪いことを言おうとしたんだと、恥ずかしくなってしまうのは、きっと“おちんちん関係の僕”が死んだからに違いない。

 ……なんだ、この夜。人生のどの部分だ。

 

END

 

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治れ

 

祈って手を当ててみる

そっと、優しく、当ててみる

治れと念じて、目をつむる

 

ああ うう おお

 

治らないと知る

 

祈ることをやめて

念じることをやめて

考えることにする

 

治し方を考える

 

どうやったら治るのか

調べて、考える

考えつづける

 

ああ うう おお

 

治らないと知る

 

祈って手を当ててみる

ぎゅっと、強く、当ててみる

治れと念じて、目をつむる

 

治らないと知ったから

祈ってぎゅっと手を当てる

治れと念じて、目をつむる

 

ああ うう おお

ああ うう おお

 

きみがげんきになってほしい

 

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超絶スーパーさようなら

 

美術室、しかめっ面のあいつも。

野球部、泥まみれのあいつも。

帰宅部、ヘッドフォンのあいつも。

授業中、お菓子を食べるあいつも。

保健室、金髪に染めたあいつも。

校舎裏、煙草を捨てたあいつも。

理科室、靴下を脱いだあいつも。

掃除中、走って叱られたあいつも。

食事中、トイレに隠れるあいつも。

プール、目だけが泳ぐあいつも。

職員室、泣きじゃくるあいつも。

校門前、他校のあいつも。

一軒家、見たことないあいつも。

車の中、もう目覚めないあいつも。

卒業式、明日また会えるあいつも。

 

超絶スーパーさようなら。

 

鬼ドラミラクルまたあした。

 

END

 

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はいよー。

 

ここまでちゃんと読んだ人も少ないと思いますが、読んでたらどうも。ありがとう。

ここまでのテキストは僕が11月ぐらいからヤバイ感じになって、身をよじりながら書いていたものから、見せられるものを選んだものです。

見せられるものを選べる程度には回復しました。よかったです。

最後に、ちょっと自分でも「ほんとにまいってたんだな」というのがわかる、一番見せられないものを見せて、次に行きたいと思います。

 

次の奴は、普通にあれな空気感が伝わると思うし、リアルすぎて読んでも楽しくないと思うので、そういう、人の暗部とかで勃起する人だけが読んでください。

 

うつ病かな」っていうあれがゴリゴリの最強レベルになってたときのやつです。

まあ、書いて処理してたので、今まさに、うつ病にならずにすんだんじゃないの?っていう話だと思うんですけどね。仲間に助けられたし。

 

一応あの、今後も僕はうつ病ではない、ということで進めるので、そこは皆さんも、今のこの文章を読んだからって、あんまりまだこの話題はやめてくださいね。

「大丈夫です」って言うのも、「大丈夫じゃないです」って言うのも、同じく平等にちょっとグッとなるので。←これ共感者が多いと思う。

 

とりあえず、まずはご迷惑をおかけした方に謝る活動をしていこうと思います。

そのための一歩的な、やつです。

 

 

 

 

 

以下、たぶん11月くらいだけど、あんまり記憶がない

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以下、「この状態は非常にまずい」と思い、

現状を打破しようと思い書き始める。

 

私が「うつ病」にならずに済んだのは、

うつ病」になる前に、徹底して諦めたことが理由だと思います。

 

その時私は、達成を諦め、成功を諦め、完了を諦め、人間関係を諦めました。

まるで「うつ病」であるかのように、無気力を貫き、すべてを投げ出し、逃げ出しました。

 

「もう何もかも知らない。私はこれ以上関与できない」と、

すべての連絡を無視し、すべての仕事と趣味を投げ出しました。

その結果、さまざまなものを失いました。

 

しかし私は、「うつ病」にはなりませんでした。

うつ病」にならないために、さまざまなものを失ったと言えるでしょう。

 

ここで私がお話しするのは、

うつ病」とは「甘え」に他ならないという事実です。

 

誤解しないでいただきたいのは、

それは「病気ではない」という意味ではないということ。

 

風邪も甘えであり、インフルエンザも甘えであり、

糖尿病も、骨折も、我が身を襲う数多の不具合の全ては、「甘え」であるということです。

 

これらはすなわち、「危険信号」です。

「このままじゃまずい」という、単なる「シグナル」に過ぎません。

 

そういった意味で、あらゆる「痛み」は「甘え」です。

実際に病気であるかどうかは、ここでは問題ではありません。

身体が私に、甘えているだけです。

その「甘え」を無視することは、基本的には可能です。

 

 

実際に骨折しているかどうかは、

 

さも「うつ病」をすでに打破したかのような文章を書くことで、解決に導こうとしましたが、しんどくなった、やめます。

 

現状の記録

 

身体が重い

比喩ではなく、「ペンが重い」を実感する。

 

浮遊感

身体がフワフワしている感覚。身体が重いと相反するが、共存して成立している。

 

脳がゼリーに包まれている

よくある「頭に膜が張っている状態」と言われるものを実感。頭に入ってこない。

 

無気力

何もできない、何もしたくない。すべての行為に、義務感のみ感じる。

 

死ぬ感じがする

自殺企図が最も重いとして、希死念慮がその次。これはその希死念慮に至る前の、とても軽微なものだと思う。「死にたい」ではなく、「死ぬ感じがする」。

事故に合うとかではなく、「死」という概念がさまざまなことと結びつきやすくなっている。それが意思に反映されることはないが、とにかく「死ぬ感じ」、健康な状態では、ここまで「死」という概念が浮かんでこないだろうという回数、浮かぶ。

 

かまってほしいわけではないし、心配もかけたくないが、

心配されたいんだと思う。

とにかく今は、何もかも投げ出して逃げ出したい。

 

一人芝居も出たくない。セリフが頭に入らない。

まじでしんどい!

しんどいということを、まず認めないとまずいし、

認めないとまずいというか、

そう言ってないとほんとうにまずいことになる。

 

うつ病は甘え、というが、

それはたぶん違っていて、

その「甘え」に至る病が、うつ病なのだと思った。

 

甘えざるを得ないという、症状。

「怠けているだけでしょ?」はその通りで、

怠けているだけ。

 

怠けるという症状が出ているんだと思う。

出つつあるんだと思う。

 

こんだけ書けりゃあ、十分に軽度。

本場中華のうつ病ではないってことも、ちゃんとわかってる。

ただ、本場中華がすぐそこにあって、

ちょっと冗談のレベルではないと感じていて、

やっぱりこれは悲鳴なんだと思う。

 

二日前、だっけ、佐々木と杉原と飲んで、

楽しくなってラウンドワンに行った。

それまでも鬱っぽい帰来はあったが、ラウンドワンではしゃいだ。

その翌日、ものすごい揺り返しが来た。

飲んではしゃいで疲れたのレベルじゃなく、今日に至る。

 

たぶん、できていないことがたくさんあって、

書けていない本がたくさんある中、

ラウンドワンではしゃいだのも、よくない。

しかし、はしゃがざるを得なかったという、病気の始まりでもあると思う。

 

あかん。

 

きついぞこれは。

 

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2018/4/20 現在

 

いやー……。

マジ、良かったなお前、変な感じになりきらんで…。

この文章を何のフォローもなく投稿するようなアレにならんで…。

まあ、十分変な感じ丸出しの文章やけど…。

感謝しろよ、友達とか家族に…。

ほんま……。あぶないとこやで…。

 

(了)

 

※この記事のすべてはフィクションです。