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プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

シンポジウムに向けて一人ブレスト

お世話になっております。

 

今度、ウイングフィールド25周年特別企画シンポジウムに出演します。

 

http://www.wing-f.co.jp/plan.html

 

こんなチンピラでもシンポジウムに出られるとは。チンピラがシンポジウムで何を語ると言うのか。ああ、不安である。空飛ぶ観劇部で管を巻いていたい。

「あいつらはシンポジウムだ社会活動だ、いちいちエラそうで気に食わねェ。おーい、姉ちゃん、ついでくれ。いいかァ、俺たちゃ所詮河原乞食だ。御上さんをどうこうしようだなんて考えちゃあ、お仕舞ェよ。チッ、いいじゃねえか、ケツくれェ!どいつもこいつもお高くとまりやがって!チクショウ、おい、店替えるゾ!」

僕はどちらかというと、そんなタイプのチンピラだ。わりとインテリぶった言葉遣いもするし、醸し出す雰囲気でカシコ側を装ったりもするが、心は基本チンピラが支配している。

 

このあいだ後輩に「福谷さん、そろそろ痩せないんですか?」と聞かれたとき、「でも、俺いまウェイトあるから、そこらのギャル男やったら体当たりで飛ばせるで?」みたいなことを言ってしまった。なんだそれ、と自分でも思ったが、長らく痩せっぽっちでヒョロガリだったことのコンプレックスの反動もあるんだろう。なかなか、ね。

思うようにはいかないものだ。

 

さて。

今日はちょっと、準備をしておこうかなと。シンポジウムに向けて、チンピラ思想を調整しておこうかな、と。あまり突き詰めすぎても、当日ごりごりに固まった思想を持って挑んでしまう老害くんになってしまうので、ある程度ふにゃふにゃしたところで思考停止はしておこうとは思うが。チンピラ過ぎない、いいバランスを見つけておきたい。

 

お題は「現代演劇は衰弱に向かっているのか?」。このタイトルで何度かシンポジウムが開かれていたみたい。最初は、1992年3月ウイングフィールドオープン記念トークバトル。故・中島陸郎さんが命名したタイトルだそうだ。正直92年からこのお題があったと思うとゾッとする。しかし、「現代演劇は衰弱に向かっているのか?」と言いつつも、少なくともしぶとく2017年ここに演劇もウイングフィールドもあるので、すでに十分タフじゃねーかって感じもするが。閉店セール詐欺か、おい。

 

まず今日、準備しておきたいのは、スタート地点。僕は大体こういうとき、「衰弱したとして何がいけないのか?」という側に回りがちだ。もちろん、それがいい働きをする議論もあるけれど、基本的には「衰弱させたくない」には立ちたい。僕のチンピラたる所以のひとつだが、とにかく当事者になりたがらないのだ。外野にいたがる。

もし僕が演劇と関係ない外野なら、衰弱しようが全く構わない、と考えてしまう。

 

例えば、そうだな。シンポジウムに参加している状態で、賢そうなフリをしてフラットな意見を言うとしたら、最初はこう言うかもしれない。

 

「例えば、TPPに参加することで、価格の高い日本の農産物が売れなくなって、日本の農業が衰退するとする。僕はこれを、かまわないと思っています。輸入品の、多少質が悪くても価格の安い品が広く流通する。その結果として、最終的に日本の農業が完全に無くなったしまったとしても、仕方のないことだと思います。」

 

んで、これが本当にTPPの話なら食料自給率どうのこうの、海外に胃袋握られてどうのこうの、ICT農業にもっと予算をどうのこうの、あると思うんですけど。

演劇の話だとして、現代演劇が衰弱してるとして。でもテレビって、視聴率下がってるじゃないですか。30%超えることなんて、稀ですよね。任天堂のゲーム機も、全然売れなくなってきてますよね。僕、これって、テレビ番組が昔より面白くなくなったせいではないと思うんですよ。ゲームが面白くなくなったからじゃないと思うんですよね。まぁ、そのへんの理由はマーケットの人がそれぞれ考えるとして。

 

別に、テレビが衰弱しても、ゲームが衰弱しても、かまわないじゃないですか。僕ら。もし完全に息絶えて根絶されるなら嫌ですけど。全然、かまわないんですよね。その衰弱。というより、その衰弱って、どうしようもないことだと僕は思っていて。

 

例えばスポーツ。マイナースポーツ、メジャースポーツありますけど、それの人気不人気って、選手の実力や監督の采配でどうにかなるものですかね。たぶん、ならないと思うんですよね。運だと思うんですよね。時代の。どうにもならない時代の運なので、選手や監督としては、「いいプレイをして業界を盛り上げたいです!」しか言えないじゃないですか。あんまり意味のない、そういう台詞を。でも、それしか言えなくないですかね。例えばフィギュアがいつの間に国民的スポーツになったのか。これってフィギュアの選手の力ですかね。もちろん、選手の技術は優秀でしょう。誰に聞いていいかわからないですけど。あと、決してフィギュアの選手をディスっているわけではないですけど。

優秀になるには練習が必要で、練習には環境が必要ですよね。例えばフィギュアはイナバウアー以降盛り上がった印象だけど、その前、そんな選手を輩出する前提は、いつの間にか整えられていたんだね。

 

あ、待てよ。

話がぐちゃぐちゃして申し訳ないが、まずは衰弱の定義を決めた方がいいな。作品のクオリティとしての衰弱なのか、市場としての衰弱なのか。作品のクオリティとしての衰弱は、まあ例年岸田國士戯曲賞も出てて、受賞作無しになっていないんだから、衰弱はしてないんじゃないかな。ま、いずれにせよここは基準があいまいなので議論できないか。

市場としての衰弱も微妙だな。これって、すごく経済の話だし。今、日本の娯楽マーケット自体がしぼんでるってこともあるかもしれないし。ジャンプの発行部数ってどうなってんの。映画館の動員ってどうなってんの。そういうのが一律に下がってたら、単に演劇も同様に下がっていて、大変な時代だねって話だし。

 

んー、あー、なんだか色んな考えが走馬灯のように駆け巡ってまとまらない。死ぬのかな、俺。ま、いいや。どうせブログだから垂れ流しておこう。

 

まずひとりのクリエイターとしては「現代演劇は衰弱に向かっているのか?」に対してはこう答えよう。「知らん。俺は衰弱していない。他の人が衰弱していてもそれは関係ない。劇場が全部つぶれても、どっかでやる。お金目的なら違う商売する。路上演劇が禁止されたら家でやる。演劇が禁止されたら、闇演劇をする。衰弱とかは知らん。俺は衰弱していない」、だな。これ以上、喋ることがない。演劇界の衰弱云々に、「作品のクリエイター」としては興味がない。与えられた条件で表現を続けるだけだ。

 

ボブディランのスピーチを引用するね。

 

彼が『ハムレット』を書いている時、彼はいろんなことを考えていたと私は確信しています。『この役に合う役者は誰だろう?』、『これはどうやってステージにすべきか?』、『デンマークを舞台にしたいのか?』など。彼のクリエイティヴなヴィジョンや野望は、間違いなく彼の念頭にあったものでしょう。でも、考えたり、対処しなければならない世俗的な事柄もあったと思うのです。『資金の手当ては大丈夫なのか?』とか、『自分のパトロンにちゃんとした席はあるのか?』とか、『骸骨はどこで手に入るのか?』とか、そういうものです。『これが文学か?』という問いは彼の意識のなかで最も遠いところにあったと私は思っています。

 

もしかすると、この考えの延長線上に、「この作品を成功させるために、演劇界そのものが活気を持つことは必要だ」ということはあるかもしれない。あるかもしれないが、その前に考えることが膨大だぜ?「これが文学か?」並に、後回しでいいような気もする。

 

これってやっぱ、どっちかっていうとクリエイター以外の誰かが考えることだと思うんだけどなぁ。クリエイターがパンクしちゃうよ。「これは文学か?」の問いにも似てる気がする。「演劇は必要か?」とか、そりゃまあ考えるけど、ねェ。

じゃあ誰が考えるのかって、それはもう、「他の人」ですよ。「俺以外のみんな」です。そう思っちゃいます。んで、その結果「必要じゃない」なら、そうですか、です。「文学じゃない」なら、そうですか、です。

 

……まずいな。やっぱり、「衰弱するべきではない」の立場に立てない……。

 

よし、身近なところから攻めよう。

「演劇界」と漠然ととらえるからダメなんだ。

 

例えば、嫌なこと。

・稽古場がなくなる

・賞レースがなくなる

・劇場が少なくなって高くなる

・お客さんが減る

 

嫌だ。……でも、やっぱ、個人レベルで、嫌だ。

社会の問題を考えるとき、僕個人のこととかどうでもよくて。稽古場がなくなっても賞レースがなくなっても劇場が少なくなっても、「困らない」人が多い限り、それで何の問題もないと思ってしまう。わざわざ、それに反発しようとは思わない…。

いや、反発はするか。そりゃするか。

 

なんでだ?

作品を見てもらいたいからか。

ここに何かある気がするぞ。

 

なんで反発しないんだ、僕は。

 

おいおい……もしや……、

「俺様の演劇を観て、つまらないと思って、演劇界がしぼむのはかまわない。しかし、他人のつまらない作品を見て、演劇界がしぼむことは許さない」

という、てめえ勝手な何かが根底にあるんじゃねえだろうな…。

 

……疲れた。

 

続きはまた考えます。

 

(了)