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プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

ダイバーシティで生きていく

お世話になっております。

 

「私にとっての常識と、あなたにとっての常識は違います。」

 

というのが僕の「常識」なのですが、これもなかなか通らない。この考え方もまた、「常識はずれ」になってしまうことだって、ままある。でもまあ、基本的には古い考え方だと断罪しちゃって構わないかな、とも思っている。多少の矛盾は棚に上げちゃって、「“常識”なんて言葉を、妙な確信を持って振りかざさないのが常識」と言っちゃっていいんじゃないかな。

 

そこはもうある程度の無茶がないと、いつまでたっても「常識」がうるさい。

 

例えば、僕らの世代ってもうかなり教育が行き届いているから、障がい者に対する感覚とか同性愛者に対する感覚とか、かなりフラットじゃないですか。同じ教室で学んで、しかもこう、特別視するっていう感覚を育むわけじゃなくて。単純に「補聴器つけてるあいつには、大きな声やジェスチャーで話そう」っていうのとまったく同様に、「あいつはケンカっ早いから気を遣おう」とか「この子は無口だから無理に言葉を要求しないでおこう」っていうのがあってさ。要するに、「特別視することの特別じゃなさ」を認識するというか。ダイバーシティがハナから前提の世界観で教育されたから。差別するっていう感覚じゃなくて、そもそも論としての多様性の理解をちゃんと育んでもらえた。「みんなちがって、みんないい」とか「もともと特別なオンリーワン」とかのブームも大きいのかもね。

 

多分、僕の通ってた小学校の教育、優秀だったんだと思う。高学年の時に担任になってくれた人は、なかなかの頑固おやじで、視野がガチガチに固まっている人で。「人によって態度を変えるな!」を平気で言ってしまう人だったけど、そこですでに「(人によって態度を変えない世界は、多分速攻滅びると思うけどなァ)」って思えるくらい、まあ小学生にしてはなかなかグローバルな考え方ができるようにはなっていた。

「価値観の違い」なんて言葉は知らなかったと思うけど、「価値観」っていうのは基本的に人によってズレまくっていて、僕の宝物は彼にとってゴミで、彼の大切な人を僕は何とも思わない、それって「常識」だよね?っていう「常識」の中で生きていた。

 

(……もはや常識という言葉をほぼ使えない状態に、自分で自分を追い込んでしまったけど、致し方ない。便宜上、使うしかない。)

 

でも、古い人たちと話すと、ときどきギョッとするくらいガチガチの考え方してる人いるでしょう。しかもそれを、「常識」とか「普通」って断言しちゃう危うさも平気で保ったまま。なんかこう、「共通理念」とか、そういうものの存在も疑ってたりしないでしょう。法律も憲法も、まず「そもそも論」でひっくり返した考え方が完全にできなくなっちゃっているでしょう。

 

あー……待てよ、でもそれでいうと、僕もかなりの革新派だからなァ…。

僕はもう「真理などない」っていう哲学がゴリゴリに固まっているから、「正しさ」というものを微塵も信じていなくて、拠り所ゼロで全然平気っていう特殊な考えがあるからなァ。「時と場合による」っていう言葉を、非常に暴力的に使うし。「人それぞれじゃない?」という、すべての話を終わらせるグングニールもばんばんぶっ刺すし。

 

……ダメだなこれ。

常識を否定する材料に常識を使っちゃってて、僕が高性能AIなら自己矛盾でオーバーヒート起こしてしまう状態になってるや。幸い人間なので、そのへんはうまいことチャラにできる低スペックで明日も生きていけるけど。

 

たぶん、僕みたいなやつらが集まって法律作ったら、たぶん一年ごとに増えたり減ったり変わったりして大変だろうな。そこはやっぱり、ゴリゴリに固まった頑固おやじ達に文句言ってる程度がちょうどいいんだろうね。

 

なんか、これを書くきっかけになった「常識を突き付けられてイラっとしたこと」があったと思うんだけど、忘れちゃったし。

 

まあもうこういうのは大体が「飲み屋で酒を注ぐくだりマジで無くなれ」に集約されるんですよ。僕の悪い癖で妙に話を拡大したけど、何が言いたいかってどうせそんな些細なことなんですよ。お酒を注がないくらいで怒られる世界、終われって話なんですよ。めっちゃささやかな願いじゃないですか。なんで叶わないんですか、神様。

 

……いや、だから、これも自己矛盾してるな。

「お酒を注ぐのが当たり前」vs「お酒を注ぐのが当たり前、じゃないのが当たり前」になっていて、結局僕も「僕の当たり前を受け入れてよ!!」って言ってるだけに過ぎないもんね。

 

……だってよー!!

注ぎたくねーんだもん!!知らねーし、てめーが飲みたいかどうかなんて!!

「注いでくれ」って言われりゃ注ぐぜ?もちろん。でも、「なんで注がねぇの?」って言われると、もうカチンだよ。知らねーよ!飲みたかったのかよ!

 

「〇〇してくれ」って言われりゃするぜ?尊敬する人だしよォ。喜んでやるよ。

でもよォ、「やるのが常識だろ?」とか「言われずにやれよ」とかは、もうなァ、知らねーよ!!知らねェ、知らねェ、知らねェ!!!

 

知らねェ!!!!!

 

うわああああああああああ!!!!!

 

……でも、それはそれとして「特別扱い」するのである。その他の色々なものと同じように、「特別扱い」するのである。そして、こんな私だって、腫れ物に触るように「特別扱い」されるのである。

 

ったく。

 

ご機嫌だぜ。

 

(了)