プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

「演劇で王道目指して何が悪い」を添削して何が悪い

お世話になっております。

 

「演劇で王道目指して何が悪い」を読みました。

shibainomachi.com 

そして僕はスーパーストーカーなので、山口翔平さんが「しばいのまち」で書いた記事は全部読んで、山口さんが個人でやってるブログもそこそこたくさん読みました。「しばいのまち」自体初見だったので、これからチクチク読んでいこうと思います。

 

「演劇で王道目指して何が悪い」については、「若造がサーセンッ!僕、こんなこと思っちゃったりするんですよ!ほんと今だけ、こんなこと書くのサーセンッ!違うんっスよ!僕の周りの先輩は全然そんなんちゃうんっスけどね!へへっ!サーセンッ!」っていう茶目っけと、「どうせ僕の意見なんて誰にも伝わらないんだ…」というニヒリズムが不足していたので、なるほどこれは反感を買ってしまうなと思いました。

 

特にやっぱりチラシデザインについての記事は、ここまで書くなら具体例を出さないと。この記事は、僕の苦手な「空リプ」状態になってしまっている。そこは茶目っけ精神で、それこそ客演先の、そうだな、バンタムクラスステージでいいじゃないか。(完全にストーキングしたので僕はすべてを知っている。)二朗松田パイセンのチラシを捕まえて「あーだ、こーだ」言った方が、可愛げがあって逆に好かれるのに。「演劇で王道目指して何が悪い」も然りで、こういう切り口なら当て馬を用意しないと。読んでいるうちに「え、じゃあそもそも、あなたのいう王道じゃない演劇ってどれの話?」というギモンが、まあ多くの場合不快感と共に押し寄せてしまう。

 

例えば、なんでもいい。ポストドラマ的な、「ハムレットマシーン」が演劇を壊したのだとか。「ハムレットマシーン」以後、演劇は大衆娯楽じゃなくなってしまった、みたいな書き方をすれば、ほら、なんか論文ちっくで、しかもフワッとしてて可愛げがあるでしょう?

 

でも、この記事には「王道じゃない演劇」の手がかりが、基本的にこれしかない。

戦争や政治に関するなじみのない単語やわからないセリフが出てきたら誰かに解説してほしいし、登場人物5,6人が同時に同じセリフをハモりだしたらもう劇場を出たくなります。

こんな書き方するのは無茶だ。戦争や政治用語がわからないのは、単にあなたの常識の無さだ。それに、わからない単語が出てきた時点で「誰かに教えてほしい」って、甘ったれにも程があるだろう。これはもはや全く演劇に限った話ではない。

登場人物5,6人が同時に同じセリフをハモりだしたらもう劇場を出たくなります。

って、そりゃないぜ。そりゃあないよ。だって、コレを書いている山口さんは素人じゃないわけでしょう?コレを書いている山口さん自身が、「演劇初心者」でないと成立しない言葉になってしまっているじゃないか。少なくとも、「その手法に戸惑い、理解できず、劇場を出たくなる人もいると思います」くらいの表現にしないと。あなたが出てどうする。あなたが出てどうする。

 

そして、これは僕のお家芸で、専売特許なのでパクられたくはないが、最後には絶対に負けないとダメなんだな。僕は完全に意識的にそうしています。まあこれは僕の病気なので、「それはお前が頭おかしいだけやで」って言われたらお終いなんですけど。

こうしてブログで何かを書いてる時も、常に「反対の意見」が後ろの排水溝から聞こえてくるんですね。排水溝なんて無いのに。その排水溝から聞こえる怨霊的なやつの声に、僕はきっちり負けるようにしてるんですよ。なんかもう、勝ったら引きずり込まれそうなんで。排水溝に。排水溝は無いんですけど。

 

というわけで、本題に入ります。

僕が「演劇で王道目指して何が悪い」を、添削してみます。

こういった主張をするなら、せめてこういう書き方じゃないと、を考えてみます。

 

ちなみにこれは僕自身が何かメッセージを発するとき、どういうふうに気をつけなければいけないかを自戒するための訓練であり、悪意はありません。添削する、と言っても「こういうふうに書いたほうが、妙に敵を作らずに済むかもしれないな」を考えたいだけです。

できるだけ山口さんの思考に則って、文意を変えずに進めたいが、果たして。

 

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僕は「よくわからない演劇」が苦手です。

「演劇ってよくわからない」

そんなイメージを持っている方は多いと思います。

 

物語がなかなか前進しなかったら退屈だし、戦争や政治に関するなじみのない単語やわからないセリフが出てきたら誰かに解説してほしいし、登場人物5,6人が同時に同じセリフをハモりだしたらもう劇場を出たくなります。

シーンがリフレインしてなかなか前進しなかったり、戦争や政治に関するなじみのない単語が飛び交ったり。登場人物が突然同じセリフをハモりだしたり。

それはポストドラマ的な手法であったり、古くはギリシャ劇から続けられている手法だったりもするんですが、「演劇」を知らない方は驚くと思います。

 

僕は演劇そのものが好きなのではなくて、誰でも、笑って楽しめる物語の舞台が好きなのです。

そういった、一見難解に思えてしまうものより、「笑って楽しめる」演劇を見たいと思うのは、全く普通のことだと思うのです。

 

ですが演劇業界ではそういう「初心者向け」の演劇はなんとなくメジャーになれない、なりずらいイメージがあります。

ですが演劇業界ではそういう「初心者向け」の演劇はなんとなく、「格式が低い」と軽んじられてしまう傾向が、実はあります。

(※どちらかというとメジャーになりやすいタイプの劇なので、ちょっと拡大解釈しました。)

 

例えば日本劇作家協会がやっている新人戯曲賞の受賞作を読むとほとんどが「上級者向け」だと感じますし、新しい出会いを求めて全く知らない演劇を見に行っても「よくわからない演劇」をやっているところの方が多い。

例えば日本劇作家協会がやっている、新人戯曲賞の受賞作を読んでみてください。多くの作品が「いわゆるエンターテイメント」とは少し違うと思います。吉本新喜劇のようなお話や、ピクサー映画のような脚本は、稀です。

(※ちなみに新人戯曲賞は、戯曲賞の中ではわりと”ピクサー映画的完成度”が基準にあるほうだと思いますが、話がややこしいので無視します。)

 

僕は徹底して「よくわかる演劇」を目指しています。演劇を初めて見た人や、演劇に対して「よくわからない」「気取っている」「気持ち悪い」「恥ずかしい」という偏見とネガティブイメージを持っている人が見ても楽しめるものを作りたい。

せやけどやで!(※可愛げアピール)

僕は徹底して「よくわかる演劇」を目指しています。演劇を初めて見た人や、演劇に対して「よくわからない」「気取っている」「気持ち悪い」「恥ずかしい」という偏見とネガティブイメージを持っている人が見ても楽しめるものを作りたい。

 

誰でも楽しめる、笑いあり、涙ありの王道エンターテイメントを作りたい。

 

ここではそういった王道演劇の重要性について書いてみます。

これから、演劇の多様性と、「いわゆる王道演劇」の重要性について書いてみます。

 

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さて、どうですか、この導入。

かなり良く出来ていませんか!?

多分、この導入なら、変に炎上ちっくにならないんじゃないだろうか。たぶん、文意はそこまで変わっていないと思う。工夫としてはほんの少し、「演劇」をリスペクトしただけかな。

このまま論理を展開していって、結びの言葉として、

 

しかしながら僕は「初心者向け」の演劇しか作れません。さらに演劇の真髄に触れたい方は、どうか食わず嫌いをせず、色んな演劇をどんどん見てください。演劇は、とても豊かなエンターテイメントであり、芸術であり、遊びなのです。

 

みたいなことで締めたら、もう完璧っしょ。きっちり負けて、終われるし。

 

ま、結局のところ僕なんかは配慮が行き過ぎて「配慮芸」になってしまっている側面もあるし、自己顕示欲と自己抑制力が拮抗しすぎて、「結局お前は何も言ってないよね」っていうことになってしまうのだけれども。

 

(了)