プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

感想についての観劇マナー

お世話になっております。

最近やけに頻繁に更新しますが、こういうのは習慣なので、単に今クセづいているだけで、特に他意はありません。いつも通り、劣等感の塊です。

 

「ゲキオシ!」というWEBサイトがある。

gekioshi.com

iakuの横山さんがインタビューを受けていたのをきっかけに、隅々まで読み尽くした。編集長の横川良明さんはツイッターで僕の書く文章をたまに褒めて下さっていて、実は東京公演の前に「期待している!」というようなことを書いてくれていた。僕はハイパーエゴサーチャーなのでこの世のすべてを知っている。そして東京公演後、期待に添えずあまりハマらなかったという感想を書いてくれていたのも知っている。

それは悔しかったし残念だったし、「どうか次をまた観てほしい!」と思ったりしたが、それは今日、全然関係が無い。それはただ、ストーカーが一人相撲してるだけの話だから。

 

この「ゲキオシ!」というサイトには観劇マナー講座というコンテンツがある。演劇初心者に向けて、「こんなふうにチケット買うんですよ~」とか「劇場ってこんなふうですよ~」とかを丁寧に教えてくれるご案内だ。「演劇」「舞台」「小劇場」の間口を広げるために作られたこのサイト。こういった案内があることはとてもイイコトだと思う。

 

さて、この「観劇マナー講座」の中に、【感想について】という項目がある。

そこにはこう書かれている。

 

観た舞台がどんなにつまらなかったとしても、劇場内で露骨に悪口を言うのは控えましょう。自分の好みでなかったとしても、その作品が大好きだったという人はいます。その人の感動や余韻を奪う権利は誰にもありません。もし愚痴や批評が言いたいときは、場を移して思う存分にどうぞ。

 

もちろん、ごくごく当たり前のことだ。だけど、コレを目にした途端、なんだか僕の中の天邪鬼がおもむろに立ち上がった。ものすごく、反論してみたくなったのだ。

今日のテーマはそれである。

多分行きつく先は屁理屈だし、この文言が正しいという結論になるとは思う。ただ、ひたすら天邪鬼が立ち上がり、ドンキホーテに変身してしまっただけだ。「ゲキオシ!」さんには、どうか風車役を演じさせてしまうことをお許しいただきたい。

 

行け!僕のポケモンクレーマー

先の文言を反転させてみよう!

 

観た舞台がどんなに素晴らしかったとしても、劇場内で露骨に褒め称えるのは控えましょう。自分の好みだったとしても、その作品が大嫌いだったという人はいます。その人の怒りや憎しみを奪う権利は誰にもありません。もし感想や評価が言いたいときは、場を移して思う存分にどうぞ。

 

どうだろう。そんなにおかしな文章だろうか。

僕は実を言うと、後者で不愉快な気持ちになることが多い。退屈に感じたお芝居がトリプルコールまで突入したときは、まるで人権を侵害されたような気持ちになる。もちろん、そんなつもりはないだろうが、まるで「こんなに面白いのに、これが分からないやつはヒトデナシに違いない!」というメッセージとして、けたたましく聞こえてしまうのだ。

トリプルコールを耳にして、劇場を出てすぐに電柱をパンチしたことが二回だけある。無論、劇場内で愚痴は言わないし、拍手の中で劇場を抜け出すような白ける真似はしない。もちろんそれは、先述の「観劇マナー」をわかっているからだ。僕の右手が痛めばいい。

 

これはもしかすると、僕自身がクリエイターであるということが、妙な悔しさを生んでいるのかもしれないが、どうだろう。そんなこともないような気もする。

 

逆に、自分がとても面白いと思った作品に対して、誰が何を言ってようと、全く気にとめたことが無いのだ。「自分は面白いと思ったのだ」というプラスの感情のまま、ホクホクしていられる。大体、劇場内で愚痴や批評を聞いただけでテンションが下がるようなら、大したことないじゃないか。僕の怒りや憎しみは、周りの褒め称える声を聞けば聞くほど増幅する。しかし僕の「面白かった!」という思いは、他の「面白くなかった…」なんかに汚されるほど弱くない。少なくとも僕にとっては。

 

ここでもうひとつ、考えてみたいことがある。

 

・つまらない芝居が多いせいで、観劇人口が伸びない。

・「こんな芝居があるから、演劇が低迷するんだ!」

 

という意見をたまに聞く。これに対しても、僕は常々首をかしげてきた。

果たしてそうだろうか?

僕はどれだけつまらない漫画を読んでも、漫画を読むことをやめないし、ヒットチャートが退屈な音楽だらけでも、音楽を聞くことをやめたりなんかしない。

 

僕が考えるに、もし「つまらない芝居」のせいで演劇そのものの観劇人口が減るとすれば、それは「つまらない芝居」のせいではなく、「つまらない芝居」を取り巻く環境にあるのではないだろうか。人間には、そういうところが往々にしてある。

バラエティ番組を見て、「面白くない」と感じる時、バラエティ番組の中の人たちは、「とても面白そう」にしていないだろうか。出演者も、観客も。

「私」は「こんなに」「面白くない」と「感じて」いるのに!

 

そう。僕はそれこそが「つまらない」の正体だと思う。

だから、劇場に行かなくなるし、テレビを見なくなるのだ。

 

芝居が退屈だからじゃない。その体験が退屈だったのだ。

例えばどれだけつまらない芝居を見たとしても、客席全体ががっかりしていて、「全然面白くなかったね…」という雰囲気だったら。

それが初めての観劇体験だった場合、

「あ、これ全然面白くなかったの…?良かった…。演劇ってこんなのかと思った…」

となるよね?

 

なら、また観るかもしれないよね!?

 

これが逆ならどう?自分がつまらないと感じていたのに、

「すっごく面白かったー!」「○○クンかっこいー!」「○○ちゃん、写メいいですか?」「サイン貰っていいですか?」「あそこのデウスエクスマキナ的な手法が…」「パンツ見えた」「次の客演はどこですかー?」「あそこのペルソナとしての衣装が…」

 

……僕はもう、二度と劇場に行かないだろう。

そんな思いを、電柱パンチで吐き出して消化したが、そこまでするロックンローラーは、はなから積極的に演劇に関わっていこうと考えているやつくらいだ。普通はそっと目を閉じて、そのまま去っていくことだろう。

 

ゆえに、漫画を読むことはやめないが、「このマンガがすごい!」には目もくれなくなったし、音楽は聞けどオリコンランキングなんて一切の興味がなくなった。表現技法そのものではなく、それを取り巻く業界に「退屈」を感じるわけだ。

 

さて、ここでもう一度「観劇マナー講座」の話に戻ると、とにかく僕は、こう言いたい。

だったらどっちも禁止にしてよ!と。

 

「面白かった!」でしんどくなる人もいるし、

「面白くなかった!」で(僕はならないけど)しんどくなる人もいるみたいだし。

 

(※この「僕はならないけど」が実はすごくミソで、他人の「面白くなかった!」程度で傷つくような「面白かった!」を振りかざす馬鹿どもが、演劇界をダメにしてんじゃねえの!?とも思うが、それはちょっと暴力的な主張になるので、小声でこのカッコ内に留めます。)

 

しかしながら、どっちも禁止だ!私語厳禁!なんて暴論、成り立つわけがない。だったらやっぱり、肯定的な意見オンリーのほうが、みんな幸せハッピーだよね、と考えるのが普通で、当たり前ってわけだ。ここにきて手のひらを返すが、自分が納豆を食べてる隣りでオエッとえずかれるのはやっぱり嫌だし。それと同じかもしれない。

しかも、大抵の褒め言葉は直接役者や関係者に伝えたいだろうし、伝えられる事が多いので、「場所を移して思う存分」ってのもおかしな話だ。

 

いずれにせよ、マイノリティはさっさと立ち去るのが吉である。

 

あーあ。

ドンキホーテ、終わります。

 

(了)

 

p.s.今回風車役を演じていただいた「ゲキオシ!」は、色んな演劇人のことが知れて面白いし、もっと中身が揃ってきたら直感的にチクチク楽しんで、大切な時間がどんどん奪われる良いサイトだと思うので、ぜひご利用ください。