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プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

近畿大学の先生

お世話になっております。

 

竹内銃一郎先生がブログで僕のことを書いてくれている。

takeuchijuichiro.com

OMS戯曲賞で大賞をいただいた翌日、報告と御礼をと思いメールを送ったが、メーラーデーモンが返ってきてしまった。電話番号も知らないので、致し方なしとそのままだ。薄情に思われるかもしれないが、僕は誰に対しても概ねこの距離感を貫いている。

(その癖、ブログやツイートなどを粘着質にチェックするヤバイ奴が僕だ)

 

とはいえ、こうしてブログにまで書いていただいたのだ。というより、気にかけてくれていた、覚えてくれていたということがヤハリ嬉しい。「こうなれば、このブログから連絡をしよう」と思ったのだが、メールの受付が上演許可依頼の窓口しかない。別に何も気にせず送ればいいだけの話なのだが、「上演許可依頼じゃないしなァ…」と、諦めた。

 

非常に恩知らずな物言いだが、竹内先生のブログにもあるように、僕自身も「教わった」という実感があまり無い。そもそも近畿大学で「教わった」事は殆ど無い。そんな丁寧な「教師」など、いなかったように思う。

 

僕のイメージでは、竹内先生は「キキキ」と笑う。

松本修先生は「ククク」と笑い、水沼健先生は「ケケケ」と笑うイメージがある。

この三人のおじさんの、「キキキ」「ククク」「ケケケ」を聞いて過ごした四年間だった。なんだそれ。まるでお化け屋敷じゃないか。

 

「キキキ」「ククク」「ケケケ」しか覚えていないが、やはり、先生なのだ。「何々をどう教わった」とか、「ほにゃららシステムに基づき、ほにゃららを学んだ」などと上手く言えないから、「教わった」と明言できないし、実感もない。

だけど、やっぱり先生だ。教師で無く、僕の先生なのだと思う。

 

…思い出話でも書こうと思ったが、「まだ生きてるしなァ…」と筆が止まる。ただ、どうせ亡くなったら亡くなったで「もう死んだしなァ…」とか考えるのだろうな、僕は。しかし、できればまだまだ生きていてほしい。理由がある。

 

竹内先生はブログで僕の筆力を褒めてくださっている。在学中も、僕の書いたもので確かに「キキキ」と笑ってくれていたのだ。

ただし、それは「書いたもの」だけの話で、実は竹内先生から上演作品を褒めて貰ったことは一度もない。僕自身の演技もそうだし、在学中に上演した作品すべて。本当にただの一度もない。卒業直前の頃は、「あのジジイ、どうせ何を観ても喜ばへんやん(笑)」というような暴言を吐いた記憶さえある。もちろん、若気の至りの冗談だが、「何を観ても喜ばない」訳ではないことを良く知っていて、だからこそ悔しかったのだ。本は、褒めてもらえるのに。

 

竹内先生が「キキキ」と笑ってくれるものを作りたいと思っている。

なかなかタイミングが合わず、というより、連絡先も分かっていないような薄情者で、かつ自意識過剰なマイナス思考なので「竹内先生!ぜひ観て下さい!」と言えないまま、卒業して四年目を迎える。

 

僕が「竹内先生!ぜひ観て下さい!」と言って、竹内先生には「キキキ」と笑って劇場を出ていっていただきたい。それでやっと報いるってなもんだ。

「この戯曲は何かに出せば絶対賞が取れるよ。取れなかったら、それはおかしいよ」程度のお褒めの言葉は何度も頂いた。それじゃないのが欲しい。

 

欲しがりだな。僕は。

 

(了)