プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

一人芝居についてと感想

一人芝居とは、不思議なお芝居だ。

と、書き出してみたはいいけれど、何が不思議かを僕はまだ言語化できていない。いや、それどころか、大して不思議だとも思っていない。……一体僕はなぜ「不思議なお芝居だ」などという、何の拠り所もない断言からこの文章を書き始めてしまったのだろうか。なんなんだ僕は。一行目からとち狂ってしまった。頭がおかしいのかもしれない。……ま、ともかくそう書いてしまったのだから、続けるより他はない。なぜに不思議かを考えてみようじゃないか。

 

ふむ。そうだな。ゆとり世代代表・さとり世代代理・おとり業務代行としては、まずは検索してみよう。僕らの大先生、wikipediaが「一人芝居」について詳しく教えてくれるかもしれない。と調べると、wikiのページはなく、goo国語辞書から答えが見つかった。wikiがカバーできていないところをすくい取るとは。やるじゃないか、goo。株を買うよ。

 

goo国語辞書

ひとり‐しばい〔‐しばゐ〕【一人芝居/独り芝居】

1 一人で数人の役を演じ分けて芝居を見せるもの。

2 相手がないのに、自分の思い込みだけでいろいろな言動をとること。「結局彼の―に終始した」

 

……違う。違うよ、goo。何を言ってるんだ君は。株を買わないよ。これじゃあ。2の意味に関してはいいだろう。これはそもそも「転じて」からなる比喩のようなものだ。しかし1の意味はどうだろう。すぐさま「いや、そうとは限らない」と反論できてしまうじゃないか。しかもむしろ、「一人で様々な役を演じ分ける」タイプの一人芝居のほうが少ないのではないだろうか。ふむ。インディペンデントの本選やらトライアルやらを観てきた印象としては、実際にそうだ。大抵の作品が、「一人の役を演じる」ことで完結しているような気がする。でもそんなこと無かったかもしれない。覚えていない。僕はずっと適当に文章を書いている。

 

対して、2の意味。「相手がないのに、自分の思い込みだけで~」に関しては、ほとんどの作品に当てはまっている。というより、全てではないだろうか。インディペンデントの本選やらトライアルやらを観てきた印象としては、ほとんど全部そうだったような気がする。知らん。

例外は、「実際にいる観客に話しかける」というものだろうな。しかしこれもまあ、思い込みといえば思い込みだろう。観客がそこにいようがいまいが、演技そのものは変わらないのだから。変わるけど、それを言い出すと演劇論としてややこしくなるから、変わらないとしておこう。いずれにせよ、「観客がそこにいるとして」という作品には違いない。

 

オーケー。飽きた。どうでもいいね。不思議じゃねえし。

せっかくなので、この度のINDEPENDENT:3rdSeasonSelection / JAPAN TOUR、大阪公演の各作品の感想でも書こう。それにしてもなんなんだこのイベント名は。カッコ良く英語だが、長いし意味がよくわからない。いやわかるけど。パッと見たときに「文字面カッコイイ!」となるだけで、中身の情報が入ってこない。ツイッターでは「in3ss」というタグが使われているが、正直なんのこっちゃだ。まあタグなんてそんなもんか。「一人芝居祭:第三期選抜総選挙」でいいじゃないか。選挙じゃないけど。大して個性的でもないし。今のままのほうがいいな。すみません、変なこと言いました。

 

さて感想。

まず最初に言っておきたいのは、「なんてスゴイ役者の集まりだ!」ということ。好き嫌いはあれど、どれもこれも惜しみなく拍手を送れる作品ばかり。正確に言うと、好き嫌いもさほど無い。基本的には全部好きだ。このあとつらつら書くが、あまり思いを巡らすのも大変なので、思ったことを思った順に書くが、(特に現時点でディスったりする予定もないが、もしもディスが飛び出したとしても)、突き詰めれば「まあでも、これもとても面白い作品でね」に帰結していくことをここに明記しておきたい。

 

 a「楽屋から」
出演・脚本・演出:犬養憲子(演劇きかく「満福中枢」)
共同演出:大浜暢裕

何年か前の本選でも観ました。やっぱり、面白いです。これ実は本がものすごく良く出来てて、遠景近景の扱い方がゲキウマ。だけど、その達筆さに気がつかせないナチュラルな演技と演出。さりげないんだよな。この作品は「さりげなさ」で出来ている。だからあんなにも、聞いてしまうんだよ。身も蓋もないこと言うけど、楽屋でおばちゃんがしょーもないこと喋ってるだけだぜ。

 

b「如水」
出演:おぐりまさこ(空宙空地)
脚本演出:関戸哲也(スクイジーズ / 空宙空地)

もちろん、一人芝居において「演じ分け」は相当な見どころの一つで、この作品もそんなところが際立つ。だけど、演じ分ければ演じ分けるほど「分かれて」く印象があった。思ったのは、「おぐりさんはちょっと上手すぎるかもしれない」ということ。あるいは演じ分けられなくなるほどの物語が、そこにはあるはず。それにしても泣きそうだった。一粒だけ泣いた。

 

c「DANCE BURRN」
出演:河口仁(シアターシンクタンク万化)
脚本:二朗松田(カヨコの大発明)
演出:福谷圭祐(匿名劇壇)

いわずもがな我らの作品。今回の大阪公演を通して、色々見えた。この作品はなかなか危ういバランスで成立していて、その危うさは僕が演出だからこそ発生してしまってたりするのだが。少なくとも、「堂々たる」や「完璧なコメディ」なんてのは、断言していい、錯覚かおべんちゃらだ。慎重に行かなければ、劇は脆くも崩れ去る。……それはどんな劇も同じか。

 

d「チンピラB」
出演・脚本・演出:隈本晃俊(未来探偵社)

一番好きな作品。笑えるし、泣けるし、胸が熱くなる。一人で作っているなんて信じられないほどに、客観的な目線のある演技、脚本、演出。すげえよな。脱帽するしかなく、正直言ってほとんど「こんな感想を書こう」という思いが湧かない。ビールを飲んでポップコーンを食べながら観たい作品。きっと手が止まる。いつの間にか口を開けたまま、舞台を眺めてるんだろうな。

 

e「或る男」
出演:徳永健治
脚本:西川さやか(月曜劇団)
演出:上原日呂(月曜劇団)

意味がわからなかった。何をしてるのかずっとわからない。でも笑った。話の筋の笑いとか、関係の笑いとか、ワードチョイスや変な顔、変な声での笑いでも無い気がする。なんだこの、とてつもなく高尚な笑いは。実は観ながら、銀河鉄道の夜を思い出したりした。およそ近いとは思えないが。宮沢賢治先生ごめんなさい。あとルイスキャロルも。ま、つまり、正確にいえば「意味」は実に良くわかる作品なのだ。……評価しすぎかな?

 

 f「次の場所までさようなら。」
出演:中嶋久美子
脚本:二朗松田(カヨコの大発明)
演出:泉寛介(baghdad cafe')

すごい面白かった。ただ、話はマジでおもんないと思う。単純に、ストーリーが。もうちょっと無かったんかと。ここまでクソみたいなドラマで、ここまで「何か」が立ち上がるのはすごい。「何か」というか、横綱及び神様が立ち上がるのはすごい。どうしてこんなことが可能なのか。だって冷静に考えてくれよ。全国ツアーだし粗筋は書かないが、マジ、ゴミみたいな話やで、これ。一応フォローするが、これは脚本がダメという意味ではなく。脚本は、良い。あ、でもついでだから偉そうにこんなことも書いておこう。二朗さんは時事的な固有名詞を脚本に使うのを出来るだけ辞めていった方が良い。脚本上の笑いの消費の仕方が、もったいないと思うことが多々ある。

 

i「仏の顔も10度目にもう一度」
出演:maechang(BLACK★TIGHTS)
脚本演出:野村有志(オパンポン創造社)

自分の中で、期待値が上がり過ぎてしまっていた感がある。やっぱり作り手としては、こういうストーリーテリングで進むと「さあ、どれだけ鮮やかに収束させるのか!?」というところに興味が湧いてしまう。その点はわりと普通というか、「一人芝居ならでは」な収束の仕方にはならなかった。とはいえ、maechangさんの圧倒的な演技で、そんなこと忘れてひたすら演技及び演劇を楽しむことは出来た。実家というワードチョイス、クソ笑った。

 

g「わたしの未来」
出演:西原希蓉美(満月動物園)
演出脚本:戒田竜治(満月動物園)

怖いもの知らずという感があった。む、ちょっと語弊があるな。つまり、作品の何かを歌にゆだねて、やってのけて、実際その歌声に演劇的な何かが集約されていることに、驚く。なんというチャレンジ精神だろうか。ただこうなると、歌で表現できることの説明に時間を割いていたという印象は否めない。あるいは、やっぱり歌では説明できないから語っていたということになる。表現として、何か決定的な矛盾があるような。話は泣きそうだった。これも一粒泣いた。

 

h「あのとき」
出演:泥谷将(Micro To Macro)
脚本:鈴木友隆
演出:オダタクミ(カラ/フル)

 泥谷さんも芝居がうめーんだ、これが。いやここまで書いてまた上手い人が出てきたということが最初に言葉で飛び出してしまう。ほんとすげえな。in3ss。この作品は、漂う不穏な空気のバランスが絶妙。これも「演じ分け」ものだが、そこらへんの感想はわりと「如水」と共通。全くの別人を演じることとは違う「何か」を隔てた演じ分け。こちらは、理想的に実現出来てると思った。おぐりさんを「上手すぎる」と書いた手前、泥谷さんは「やや下手」ということになるのだろうか。…そんなつもりはないが。文章の流れ上そうなってしまった。明記、そんなことは思っていない。

 

j「シロとクロ」
出演:米山真理(彗星マジック)
脚本演出:勝山修平(彗星マジック)

この作品は実はわりと何度も拝見していて、やや飽きている。もちろん面白いが、三度以上は観ているので、あとはもうほとんど「米山さんに恋をしている」レベルじゃないと、頭の中の冷静さは失えない。だから、冷静に観た。恋してないし。すみません。笑。正直この作品って冷静に観られるとなかなか厳しいと思う。とはいえ、米山さんにはその冷静さを失わせるパワーがあることは知っている。ま、こんなふうに書いたが、やっぱり胸が熱くなる瞬間はあったね。ひとつ思うのが、これはまだ自分の中で曖昧なことなんだけど、「リズムが演技の枷に見える」あるいは「見えそう」になるときがあるような気がする。気がする、程度。リズムって、自分の想いとかまあ何かを乗せるのにものすごく良いアレじゃないですか。なんというか、それが枷になるでしょ、なるんですよ、一回は絶対。枷になってね、それで、枷を解き放ったはいいけど、「あれ?リズムに乗ってたときの方が、自分の想いを伝えられてた。ある程度のルールがあったときのほうが、私は自由だった!」っていうような?なんか?そういう?そういう何かをもっとわかりやすく?こう、なんか。わかんないですけど。

なんかシロとクロだけいっぱい書いてしまった。でも、何かこう、わかんないですけど、勝山さんに「マジおもしろかったっす!」って握手してしまうくらいの、僕のキャラじゃないことが出来そうな気がしてて、うん。僕の感想はそんなところです。

 

以上。

さあ仕事が山積みだ。

 

(了)