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プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

いわゆる社会常識

小劇場界や演劇に携わる者の全てがそうであるとは言わないが、多くの場合、彼らは浮世離れしている。それは「オーラがある」や「なーんか違う感性持ってるって感じっ☆」などという肯定的な意味ではない。基本的に、単に「社会常識が欠落したヤツ」が多いのだ。そして、全てがそうであるとはいわないが、多くの場合、彼らは「それで全く構わない」と考えている。

 

さて、これは何を隠そう僕のことだ。

だからここからは「彼ら」だなどという曖昧な逃げ道を作らずに、一人称で話をしよう。

 

僕は社会常識がない。社会常識を必要としないまま25年間生きて、そしてこれからも社会常識を必要としないまま、あと45年くらいは生きたいと考えている。こんなことを言うと、「なんと甘ったれたやつだ」とか「あのな、別に演劇とかやっててもええけどな。ビートたけしだって大学出てるんやで。アンタな、ほんまに常識の無いヤツなんてな、芸術の世界でも活躍でけへんねんで」などというお母さんみたいなヤツ(お母さん)が現れることだろう。

 

うむ。それはその通りだ。

では、ここで社会常識という言葉を一度定義しておこう。僕がここで使う「社会常識」とは、いわゆる一般的なビジネスマナーだと思って貰いたい。新卒、入社一年目、高圧的な上司なら「そんなこともわからないのか」などと言って叱りつけるようなアレコレのことだ。

 

そんなアレコレを、ここでは「社会常識」とする。

僕にはそんな社会常識の一切が欠落しているのだ。

 

・人の目を見て笑顔で話す。

・人のグラスが空いていたらビールを注ぐ。

・大皿の料理が来たら小皿に取り分ける。

 

主にこの三つだ。三つのうち二つが「シチュエーション:居酒屋」であることに、僕の脳の貧困さを自嘲せずにはいられないが、とにかくこの三つだ。僕にはこの三つが欠落している。

 

さあ、もう一度繰り返す。

僕は、この三つが欠落したまま、あと45年くらい生きたいと考えている。

どうかそれを許されたいのだ。僕はこの三つが出来ないことにより、「社会常識がない」と再三馬鹿にされてきている。どうか、馬鹿にしないで欲しいのだ。このような「社会常識」が僕には欠落していて、もう一度言う、「それで全く構わない」と考えているのだ。

 

「あのなー、演劇人やからって、そんな変わったこと言うてー。人のこと考えたら、これくらいするのは当たり前やろ。なんでそんなことも出来ないの?」

 

という人間もいるだろう。声を大にして言いたい。

 

うるせぇ!!!!!

 

失礼。言葉遣いが荒くなってしまった。

冒頭の「演劇人は~」という導入の仕方は些か間違っていたようだ。僕がここで定義した「社会常識」は、どちらかといえば偉ぶってる演劇人や無駄に長く続けてるだけの無能な似非俳優が標榜しそうな「社会常識」である。

 

僕はどうにか、この「社会常識」を身につけないまま、あと45年生きて、死にたい。

そのことを、どうか許してもらいたいだけなのだ。

 

いや、許されなくたって構わない。

うるせえのだ。

 

うるせえから、黙っていて欲しいのだ。

 

(了)