プライバシーの侵害だ

匿名劇壇という劇団を主宰する福谷圭祐のブログ。このブログは基本的に自分のためだけに使おうと思います。考えをまとめたり、情報を整理したり。ま、もちろん他人の目に触れることは意識して書くけれど。 でも、あまり読まれたくはない。だからタイトルは、 「プライバシーの侵害だ」 。

柔らかくなる魔法は一度きり

 

 

夏。

帰り道を歩く。涙が出る。

泣き止むまで、適当な場所に座る。

蚊にたくさん刺される。

かゆい、かゆい。

泣き止む。

かゆい、かゆい。

 

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もうすでに満腹の人たちに対してシメのウドンを押し付けてそれをおもてなしだなんてほざいた馬鹿を金属バットで殴り殺してやろう。オーイエー。選挙に行かねえあいつを見て日本の未来を憂いたくせに例のあの党に投票した馬鹿の缶コーヒーに青酸カリをぶち込んどいてやるぜ。アーハン。てめーの都合でおもてなし、てめーの都合の愛情表現、てめーの考えるてめーの社会、知ったこっちゃねえぜ。俺なりのホスピタリティ、やくざに貰った鉄砲ぶっ放す、心からてめーを想って額に向かってバキュンバドーン。お酌、お酌、あふれるレッドビールをグラスたっぷりで家族にクロネコヤマトだぜ。ハッピーかい?ハッピーだよな。俺のおつむは平和ボケ、幸せポッポの鳩ポッポ。ディスってくんなら受けて立つからてめーもここまで降りてきな。高みの見物指導教育ウンザリなんだぜ自称長く生きた人。俺より偉くて物知りな馬鹿に捧げる、セイ、お・も・て・な・し

 

##

 

T君ってすっごいプライドが高いよね。なんかこう、基本的に人の意見とかって耳を貸さないタイプの人でしょ。いや、いいのいいの。それはそれで全然否定しないし、むしろ僕なんかはそうなれない人だから。でも、なんか、どうなんだろう、パフォーマンスとかアピールのつもりかもしれないけど、こうやって僕のところとかに意見を聞きにくるのって、どうしてなんだろう。いや全然いいし、その、僕の思ってることで良ければ言わせてもらうんだけど、たぶん、それがT君に影響を与えないことが予想できちゃうっていうか。単純に疑問。絶対自分のことすっごく信じてるし、とても強固に自分が完成されてる人だと思うから、逆にほんと僕なんかの意見なんて関係ないと思ってるでしょ?っていう。そんでそんなオーラをばりばり全身で放ったまま、パフォーマンスとかアピールに来られても、なんかもう、ごめん、どぎまぎしちゃう(笑)。ごめんね、ほんとに(笑)。ありがとう、来てくれて。

 

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頼むから私を放っておいてくれ、と私は思う。私は自分に自信があるのだ。私は、私を大いに肯定している。あなたとは、違う。私はあなたのように、誰かを否定しなければ自分を肯定できなかったことが一度もない。私は、たった一人で私を肯定できる。私に知識は必要ない。私にあらゆる知識がなくとも、私は私を肯定する。私にあらゆる趣味がなくとも、私は私を肯定する。私は誰かと関わらなくとも、私を肯定できる。私は自分に自信があるのだ。そんな私を捕まえて否定しなければ、自分に自信を持てないあなたがとても煩わしい。

 

私は不安にならない。自分に自信があるからだ。私は誰かを叱らない。私はとても強いから。私は私と同じ考えの人間を求めない。また、私と違う考えの人間を咎めない。私が私であることに、大いに自信があるからだ。私はとても強いから、私は何も求めないのだ。

 

そうではない人が、私を見て、不安になる。私があまりに強いから。自分に自信が持てなくなる。自分が間違っているのではないかと恐れる。だから、私が間違っていることにする。そして自分を正しいとする。頼むから、私を巻き込まないでくれ。私は何も言っていない。私はただ、私であるだけだ。同様に、あなたもただ、あなたであればいいではないか。

 

私は関わりを求めない。

 

そんな私が特別に強く、私以外の人間のほとんどが弱いということに気づくまでに、とても時間がかかってしまった。弱いことが普通であり、強いことが特別だった。私が、他の多くの人間とは違うから、私は否定されるのだ。私は言いたい。同じ弱さを求めるな。私はとにかく強いのだ。私は何もいらないのだ。私は、私にとって、正しく、強いのだ。

 

私を見て不安になるな。私を心配するふりをして、自身の心配をするな。私からすれば、私以外のこの世の全員が間違っていて、正しくないのだ。だけど私は恐れない。私はとても強いから、あなたたちの間違いに何一つ影響されない。大いに間違っているあなたたちを見ても、私は不安にならないから、何も言わないではないか。

 

弱き者たちよ。私を否定するな。私を肯定するな。私を守るな。私を愛すな。私に触るな。私に尋ねるな。私を誘うな。私を、除け。特別に強い私を、除け。

 

頼むから。二度とノックしないでくれ。

 

(43歳 無職・ひきこもり/自立さえすれば二度と関わらないと両親に告げられて15年)

 

##

 

どうしても泣いてしまう

泣きたくないのに

泣いてしまうことが悲しくて

泣いてしまう

泣いてしまったことに

泣きたくなって

泣いてしまう

 

泣くなって言われて育ったし

言われなくても困った顔をされて育ったし

あたしが泣いたって

みんなが嫌な気持ちになるだけだし

そんなことわかっているのに

泣いてしまうから

泣きたくなる

そして泣く

 

誰にも見られないように泣く

せめて

でも、どうせ気づかれるから

気づかれて、言われるから

 

困った顔で

嫌な顔で

ひとりで悩まないでとか言われるから

どんなに隠しても

結局ばれるから

どっちにしたって同じ

 

だから泣かない方がいいって

わかっているのに

 

くそが

 

##

 

ひとりでフェラチオをしようとしたとき

 

天使が現れて、こう言った

 

「願いを一つ叶えましょう」

 

僕は願った

 

「体を柔らかくしてください」

 

そして僕の体は柔らかくなり、

 

ひとりでフェラチオができるようになった

 

今思うと、

 

天使にフェラチオをしてもらえばよかったと、

 

思う

 

マジで

 

思う

 

(了)

 

解散にあたり、劇団WEBサイトは残すべきか否か

お世話になっております。

 

(脱稿後の注:この記事はいつにもまして論理がぐっちゃぐちゃしており、思考があちこちに飛んでいます。肯定と否定も行ったり来たりするので、どうかどちらか一方の意見記事としてではなく、「思考の過程」として読んでくだされば幸いです。僕は強固な意見を発信したいわけではなく、思考の過程がエンターテイメントになると思っていつもブログを書いています。何か意見がございましたら、一文を切り取ってではなく、この記事全体をお読みになったうえでお願いいたします。長くてごめんなさい。6500字あります。なんでこんなことになるんやとは思っています。)

 

がっかりアバター解散と、アーカイブの話。

別に炎上しているわけでも何でもないが、なんとなく心が動いたので書く。

がっかりアバターという劇団が解散するにあたって「WEBサイト、ツイッターは折を見て消します」と発表。それについて「アーカイブとして残したほうがいいと思う」という意見の人たちが登場。そんでがっかりアバター主宰のアンディさんも「それはそうだと思うし、正論。でも今言う?SNSで言う?ちょっと心がしんどいです」的なツイートを投稿。

 

 

正確にはこうね。ただ、アーカイブ保存一派の意見も「いや消すとかアホやん!残せよ!なんなん!?」みたいな感じではない。BGYさんが保存推進の人で、たぶんなんか「保存せよ」的なことを書いていたのは見た。が、投稿はひとつ削除済み。なんだか残す話の真っ最中に、さらっと削除が行われたことを滑稽に感じたりもするけど、まあツイートなんてもんは誤解も招くし、そーゆーもんだとは思う。実際にどんなふうに書いていたかの原文は忘れた。アンディさんもわりとツイート消しがちな人だから、このブログに引用しているツイートも、いつリンクが切れるか分からん。

 

僕自身は、アーカイブ精神はそれほど無いんだけど、なぜかジャーナリズム精神があって、物事を大きくしたいとか「みんなー!」的な魂がある。だからこういうブログを書くんだと思う。アーカイブ精神とは、ちょっと違うような気もしてる。僕もわりとツイートは消してきたし、ブログ記事を消すこともある。

多分、劇団のサイトも解散するなら消すんじゃないかな。初期の頃みんなで回していた劇団ブログも、更新が滞り、「このまま更新が滞ったものが残ってるのって、良くなくない?」という話し合いの末、消した。アーカイブ的な観点で考えると、「このブログの更新は終わりました」的なことを書いたうえで残しておいても良かったかなと思う。

 

実際、ほんと僕はハンパモノでさ。ツイートを全消しする前に全部テキストを保存してるし、劇団ブログも確かテキストで保存はしたのよ。ただ、そのデータがどこにあるかはもう謎。どっかのUSBか、深層フォルダに紛れ込んでると思う。「残しておいた方がいいだろう」と漠然と思っていて、軽く取り組むくせに、結局見失う。たぶん「残す」って、結構「残すのだ!」っていう強固な意志がないと難しいんだと思う。技術が進歩したインターネットでも同じなんだろうなぁ。リベンジポルノ的なエロ動画も、誰かが強固な意志を持って残してるから残ってるんじゃないかな。みんなが漫然と「へへっ…インターネットに流れりゃ消えねえのよ…」とマスかいてるだけだったら、たぶん消えるんじゃないかな。

(そう考えると、リベンジポルノ的なやつを強固な意志で保存してるやつマジでタチ悪いな。悪魔かよ。基本的には「そんなやつはいるわけではなく、一度ネットに解き放たれたものは、誰かの意志に関わらず永遠に彷徨ってしまうというだけだ」と思ってたけど。もしかして、悪魔が実在する?というより、そういった悪魔がバトンタッチしていくことで、「消えない」という事象が生まれる?)

 

演劇作品って、残すのが難しくて。そりゃ映像としては残せるけど、「それってなんか、ちょっと違うじゃん?」とはたぶん演劇を作る人はみんな思ってるだろうし。

(語弊があるといけないので急に具体名出すけど、観劇三昧さんは超応援してる。実はVRもわざわざ買って観た。もっと進化して、VRスーツを着る時代になったら「ちょっと違うじゃん?」の理論も崩れてくるんだろうなぁ。余談。)

脚本はわりと後世に残す気満々で書くこともあるだろうけど、上演作品はどっちかっていうと、「ハデな花火、ぶちあげようや…!」みたいな感じが近いと思う。勝手に役職別性格診断をするとしたら、演出家寄りの人は残す残さないに全く興味のない人、脚本家寄りの人は残すことについて興味がある人、っていうことが言えたりするんじゃないかな。テキトー

 

ヤバい。論点がズレてると今思ったけど、そもそも論点がなかった。今この文章読みながら「……あれ?……こいつ何の話がしたいん?」と思った方、すみません。基本的には、アンディさんの盾になって「お前らなァ!劇団を解散することがしんどいことだってわかるやろ!今はなァ!お疲れさまでしたでええやんけ!今、求めるなよ!今は何ひとつ、求めるなよ!」みたいなことがしたかったはず。でも、そのそっとしておけ的スタンスとは真逆で、むしろジャーナリズム精神で話題として担ぎ出してもうてるし。すんません、アンディさん。

 

まー難しいよねー…。実際消えちゃったら、そこから復活させるのは手間もかかるから。消される前に「ちょっと待って!!」みたいなのはあるかもしれんけど。なんかこう、普通にアーカイブ論が発展しちゃってるのも、アンディさん的にはしんどいと思う。すぐ追悼番組の打ち合わせ始まったみたいな。「いや…この温度を保ちたいとか…鮮度とかあるからしょうがないんでしょうけど…ちょっとあの…ちょっと待ってくださいよ」みたいなところはあるだろうから、同情する。推測するに、乾さんの『のぞみちゃん』というグループがガッとアクセル踏んだり、アンディさんもさっそく「昔がっかりアバターという劇団で、作演出をしていた坂本隆太朗というものです。」ってツイートしたり、もともと「よっしゃ!前に行こうぜ!」的なスタンスではあったと思う。

 

とはいえ、っていうことなんだろうな。そりゃ前を見るし、次に進むけど、「解散します!サイト消します!あ、でも確かに、残すことは有意義ですもんね!残しましょう!よしじゃあ、ドメインとかサーバー代どうします?これ払い続けるのもアホらしいんで、そーゆー専門のサイト作っちゃいますか!よっしゃ、よっしゃ!公演のチラシデータとかまとめますね!あ、つーかサイトそのものを魚拓します?htmlもコピペしときますか!いやぁ、腕が鳴るなぁ!」みたいになるのは、結構厳しいものがあるだろうとは思う。ポジティブサイコパスやん。もちろん、そんなことが求められてるわけじゃないけどね。ただ残しておけばいいっていう話なんだけど、それがさ、っていう話で、あ、これ最後に書こう。

 

ここまで書いて「僕の意見はこんな感じかな」っていうのが見えてきたけど、多分、「俺が消すっつってんだから、それは誰にも犯されたくない。ただ残すっていうなら、俺もそれは犯さない。」っていうふうに思ったかな。

例えばさっきツイートもブログも消しがちって書いたけど、でも実際に書くときは永遠に残るつもりで書いてる。何年後かに僕がテレビスターになったとして、「こいつ、こんなこと昔書いてたんすよ!げへげへ」って出されることになっても、それを受け入れるつもりで覚悟して書いてる。たぶん、そのことと、僕が「消す」って行為とは、関係がないんじゃないかな。残すことと消すことは、あまり関係がない。残したい奴が残す、消したい奴が消す。それが互いに、犯されてはならないってことだと思う。あ、あくまでこっちが意識的に発信した場合においてね。リベポは別。

 

……これ論理として成り立ってるかなぁ?なんかおかしなこと書いてる気がするけど、しょうがないね。例えば、僕のこのブログは僕の裁量で好きな時に消すけど、これを誰かが残すことに関しては何も言いません、ってことなんだけど。

(あれ?でもそれって本当に勝手だと著作権の侵害になったりするのかな?ちょっと話がややこしいから無視しよう。例えば僕、めぼしいツイートはスクリーンショット撮る癖をつけてるんだけど、もしその画像って勝手に投稿したらアウトなのかな。もし弁護士さんとか読んでたらコメントください)

それは懐かしがれる良い材料になったり、責任を負うためのネガティブな歴史になったりするかもしれないけど、それはそれで結構という。というかむしろ、残すという行為に対するリスペクトは持って然るべきだし、持っているし、そこに非協力的な姿勢を取るつもりもないんだけど。

 

あー、まあでもさあ!!結局、解散仕立てでなんか議論のタネにされたりするのちょっとしんどいよねー、ってことがすべてかもしれんなぁ!!この記事、なんかアーカイブとして「情報」(記録)を残すって話と、「作品」(記事、表現)そのものを後世に残すって話がごちゃついてる気もする。しかも結局「議論のタネにすんな」に行きつくとしたら、この記事がすでに張り紙禁止の張り紙的矛盾に陥ってるなぁ。

 

##

 

と、ここまで文章をしたためていたが、アンディさんと会う機会があって、お話しすることに。

「ここまでしたためてるんスよ」と言ったら、そこそこ本気で嫌がられてしまった。あまりここに書くべきではないので曖昧に書くが、「こっちはこっちで話してて、その話は一応落ち着いてます」と言ってて、「だから、何も書かんでいいっすよ」みたいなことを言ってた。

そこで僕は「でも、もう、しょうがないです」と投稿する意志を告げたら、「何がしょうがないんですか…?自分でやってることでしょ…?」と言われた。

そのことをあまり考えると頭がおかしくなりそうだったので、「いや、ちょ、もう、しょうがないです」で押し切った。何がしょうがないのかを考えると、僕の脳が哲学的ショートを起こしてしまう可能性があった。あぶねー…(汗)

 

そーいえばだけど、思えばミジンコターボさんが解散したときだって、僕、「解散公演という興行をどう考えるか」みたいなことを書いたかもしれない。どうだったかな。少なくとも、そんなことを考えたのは事実だろう。書いてはないかもしれないが。

結局、どんなことだって第三者はタネにして考えて、ときには議論するもんだ、って話だったりもするのかなぁ。やっぱり、この記事ががっかりアバター及びアンディさんに肩入れしてるっぽい論調なのは否めない。別にどこぞの劇団が解散するにあたってサイトを消すと言ってるという事実があって、その事実をタネに「サイトは保存すべきか否か」の話が始まること自体は否定するもんじゃないからね。アンディさんを憑依させるとすれば、「ちょっと今その話は心がしんどい部分があるので、できれば見えないところでやって欲しい」ってことかな。

 

あまり関係ないけど、関係させる、モノモースの件。

実は「エンドルフィンについて」の記事に関して、尊敬する人からメールでお叱りを受けました。「肯定とも否定とも取れない文意で、妙にハイテンションな文体で、茶化したような記事を書くのは如何か」と。もちろん、もっと細かく指摘を受けた。とても反省した。少なくともあの記事に関しては、「この記事に一体どういう価値があるのか?」を考えたとき、僕も「無い」と反省してしまったので、消すことを考えています。つまりあの記事に、アーカイブする価値はないと僕は判断しました。ある一時の、妙にハイなチャラついたニュアンスしか記録できてない。

何を反省し、なぜ消すのかを書きたいですが、お叱りを勝手に公開することはできないため、僕が返信したメールを一部抜粋します。

 

たしかに「盗作ではないかという疑惑をネタに、おちゃらけている」と指摘されて然るべき文章だったと、反省しております。向き合うべき態度が曖昧なまま、調子に乗っていたのだと思います。「盗作かどうかは本人同士か裁きでしか決められないが、私個人は盗作だと考え、そしてそれを許さない立場である」ということは明確に表明しなければならなかったと思います。この「盗作だと考え、許さない立場」を隠した上で、そう考える人を味方につけようとしていたり、あるいはそうではない人を敵に回さないようにしたことが、(送信者)さんには良く思えなかったということだろうと思います。そしていただいたメールを良く読み、たしかにそれはいちびっているということに他ならないと、気づかされました。(中略)他人に言及する前に、もっと自分と向き合わなければと思います。謝罪、反省と同時に、感謝いたします。ブログ記事を削除、あるいは再度明確な意思表示をしようかとも考えますが、僕自身山崎さんからの言葉を今待っております。触れたい、触れなくてはならない、事を荒立てたくはない、黙っていると思われたくない、……ぐるぐるとして、ふざけた真似をしてしまいました。

 

(これは当時のメールです。今は原作クレジットが下り、さらに山崎さんが盗作ではないと断言しています。よって僕も、モチーフが行き過ぎて原作レベルになってしまったという出来事、だと認識しています。「原作レベル」とは記事中に明記しましたが、「盗作」という表現は、悪意があったりわざとだったりといったところがポイントになると思ったので、そのあたりを誤魔化したのです。誤魔化したうえで、何かを書こうとしたという反省です)

 

非常に、反省しました。

 

ほんと話があちこち行って申し訳ないが、戻します。そして僕は、ひとつ記事を消そうとしているわけです。そしてそれは、やっぱり僕の裁量で自由にしていいと思う。

でもね、でも、何も言わずにスッと消すことにはとても違和感があって。それはやっぱり、読み手の存在を大いに意識しているからかな。何か、代替する言葉を置いてから消さないと、まるで無かったことにするのはオカシイとは感じていて。だから、エンドルフィンの件に関しては、原作者との折り合いがついてるわけだから「原作者との折り合いがついたようですので、この気持ち悪い記事は消します」でいいんだけど。

だからまあ、消しますね。とにかく消す宣言をしてから消したかったんです。全然別の話題だったのに急角度ですみません。この記事については、本当に曖昧かつ非常に不適当な文章になっていたと思っています。

(ただ、現時点で出来事の流れがこうなったので、「やはり盗作とは断言しなくて良かった」なんてふうに感じざるを得ないのも事実です。表現者として、肯定も否定もしない曖昧な態度を恥じ、ハイテンションな文体を猛省すると同時に、その曖昧かつ軽薄な執筆態度でナニゴトかの責任を回避できたような気がしており、複雑ではあります。)

 

「消せ」と言われて消すわけではないということ。そして、なんぴとたりとも僕に「残せ」と要求しないこと。まずはそれを大事にしませんか、ということかもしれない。

急に自分のことを例に出してすみません。正直言って、モノモースという単語をここで出すことは、なにかとても混ぜっ返しているような気がして抵抗もありましたが、自分にとって「消す」「残す」とは何かを考えるうえで、不可避でした。実際、「エンドルフィンについて」の記事は、「この文章をここに残す」ということを強調していました。 今反省し、「これ残す価値ねーな」と「僕」が思ったので、「僕」が消します。ただ、もちろんこの文章そのものは「残す価値がある」と信じて書いています。

 

アーカイブの歴史的価値云々は、個人の意志を上回るのか。

「消す」ということは、「なかったことにする」ことなのか。「消せば」責任はなくなるのだろうか。誰かの「残したい」という想いは、本人の「消したい」を超えるのだろうか。僕がすでに消した記事を、誰かが保存することは許されるだろうか。それを発信することは許されるだろうか。それを止めることは許されるだろうか。

……あ、なんか話の流れ的にまるで「がっかりアバターはサイトを消したいとすごく思っている」みたいな感じになってるかも。それ、全然知りません。消すというアナウンスがあっただけです。色々大袈裟にしてるので、誤解に気を付けながら。

 

例えば絶滅危惧種の保護には、やっぱり価値がある。多様性の研究に不可欠だし。でももし、もし880体のマウンテンゴリラが、「いや、俺もういいんスよ」と言ったとしたら、……おあー、これを言い出すと自殺を止めるなっていう話になっちゃう。意志を尊重しろが行き過ぎて、話がキモくなる。できれば僕は自殺を止める側には立ちたい。いいや、そろそろやめよう。絶対に書き過ぎだし。この先は大体宇宙の話だし。

 

特に結論も無いです。

 

あ、でもこれだけは。そうだそうだ。最後に書こうって言ったやつ。

サイトを残すってのも、べこっと放置してりゃ残るってわけじゃなくて、わりと「残す」っていう意志が必要だから、「残せば?」って簡単に言うなよ、とは思うかな。放置でいいなら放置するけど、それって管理下から離れるってことだからね?基本的には、「残せば?」=「管理継続すれば?」だから。解散するっつってんのに。「解散するなら、情報を残すための段取りはした方がいいかも」っていう話はもちろんなんだけど、もし「いや別に消さんでもえーやん」ってかるーく思ってる人がいたら、それは簡単に言い過ぎじゃない?ってことは言いたい。この件に関して、「別に残しといてくれても…」なんて「別に」とかいう修飾をして語るのは、ちょっと安易だとは思います。劇団解散後に残ってるサイトって、残されてるわけではなく、放置されてるだけでしょ。多分、それってその後の活動に悪印象じゃないかな。

あ、ちなみにこれはそんなツイートを見かけて、空リプ的にそれをめがけているわけではないです。わりとWEB観(ウェブかん:僕が今作った言葉。世界観みたいなやつ)が甘いとこう思いがちな気がしたので、そこはきっちり前提として否定しておこうと思って。ここにきて前提て。時系列が。

 

いっぱい考えて疲れました。僕は、こうやっていっぱい考える思考の過程って、ひとつのエンターテイメントになるんじゃないかなって思っています。論文には程遠く、随筆とも言えないほどに散らかった文章ですみません。場合によって、肯定も否定もしないという態度にはこれからも気を付けたいと思いますが、肯定と否定を頭の中で戦わせることは続けたいと思います。それは態度を曖昧にすることではなく、態度を明確にしなければできないことであるとも思います。 

 

みなさんはどう感じますか。良かったらコメントをお願いいたします。

 

がっかりアバターが解散したのは喪失感があるし、一緒に作品を作った仲だからもうちょっとがっかりアバター自体について書きたいところ、変な話題で申し訳ない。

がっかりアバターについては、またちゃんと書こう。

 

もし劇団員の皆様、ここまでお読みでしたら、本当、お疲れさまでした。

今後とも、よろしく。

 

(了)

知らないことを知っていることを知らないあんたはもう知らない

知らないことを知っていることを知らないあんたはもう知らない

 

***は僕のことをいつも馬鹿にしてきた。「そんなことも知らないのか」「どんな家庭で育ったんだ」「信じられない」と、僕の存在を何度も否定してきた。怒鳴り散らして、嘲笑してきた。大袈裟に溜息をついてみせて、頭を抱えてこちらを見てきた。何度も、何度も、何度も。僕はそのたび、僕のすべてが否定されている気持ちになった。現在の僕だけではなく、「知らずに育ってきた今までのすべて」を否定されている気持ちになった。事実、否定していたのだと思う。何度も何度も、「ありえない」と言われた。僕はここにいるのに、いないことにされた。ここにいないことが「ありえて」、ここにいることが「ありえない」ことにされた。だから、僕も同様に***の存在を心で否定してきた。僕は間違ってない。***が間違っている。そうしないと心が持たなかった。というか、持たなかった。だから。

 

いつまでも持っていた金属バットを、やっと机に置いた。

 

エッフェル塔を知らなくてごめんなさい。

日本三景を言えなくてごめんなさい。

マティスを知らなくてごめんなさい。

白い巨塔を読んでなくてごめんなさい。

KPIがわからなくてごめんなさい。

アリストテレスを知らなくてごめんなさい。

終戦記念日を言えなくてごめんなさい。

天保の改革がわからなくてごめんなさい。

連合赤軍がわからなくてごめんなさい。

衆議院参議院の違いが言えなくてごめんなさい。

現在の総理大臣が言えなくてごめんなさい。

現在の大河ドラマを知らなくてごめんなさい。

昨日のニュースを見てなくてごめんなさい。

クリムトを知らなくてごめんなさい。

イスラム教を知らなくてごめんなさい。

紛争の理由を知らなくてごめんなさい。

アンリアレイジを知らなくてごめんなさい。

珈琲を煎れられなくてごめんなさい。

小劇場を観たことがなくてごめんなさい。

ブリジストンの由来を知らなくてごめんなさい。

チャールズ・ブコウスキーを知らなくてごめんなさい。

美術館に行ったことなくてごめんなさい。

秋刀魚が読めなくてごめんなさい。

自分の血液型を知らなくてごめんなさい。

結婚式に行ったことなくてごめんなさい。

Excelを操作できなくてごめんなさい。

お葬式に行ったことなくてごめんなさい。

野球場に行ったことなくてごめんなさい。

台湾ラーメンを食べたことなくてごめんなさい。

Altキーがわからなくてごめんなさい。

着物を着られなくてごめんなさい。

神社とお寺の違いがわからなくてごめんなさい。

教会に行ったことなくてごめんなさい。

性交渉の経験がなくてごめんなさい。

一眼レフを扱えなくてごめんなさい。

新書を読んだことなくてごめんなさい。

バスの乗り方がわからなくてごめんなさい。

アプリの消し方がわからなくてごめんなさい。

創業者を知らなくてごめんなさい。

歌舞伎を観たことなくてごめんなさい。

M-1を観たことなくてごめんなさい。

となりのトトロを観たことなくてごめんなさい。

証券会社を言えなくてごめんなさい。

株価がわからなくてごめんなさい。

為替がわからなくてごめんなさい。

確定申告ができなくてごめんなさい。

紹興酒を飲んだことなくてごめんなさい。

小籠包を食べたことなくてごめんなさい。

そんなことも知らなくてごめんなさい。

自動車免許を持ってなくてごめんなさい。

眼科に行ったことなくてごめんなさい。

平等院鳳凰堂を知らなくてごめんなさい。

都道府県を全部言えなくてごめんなさい。

炭火を起こせなくてごめんなさい。

テントを立てたことがなくてごめんなさい。

ブレヒトを読んだことなくてごめんなさい。

浮世絵を見たことがなくてごめんなさい。

裁判所に行ったことなくてごめんなさい。

パラボラを知らなくてごめんなさい。

市外局番の意味がわからなくてごめんなさい。

釣りをしたことがなくてごめんなさい。

手続きをしたことがなくてごめんなさい。

首都が言えなくてごめんなさい。

標準時子午線がわからなくてごめんなさい。

南回帰線がわからなくてごめんなさい。

デイトナを知らなくてごめんなさい。

泳いだことがなくてごめんなさい。

シューベルトがわからなくてごめんなさい。

坂本龍馬を知らなくてごめんなさい。

煉瓦が読めなくてごめんなさい。

ネクタイを結べなくてごめんなさい。

16号線がわからなくてごめんなさい。

CDを買ったことがなくてごめんなさい。

クライアントがわからなくてごめんなさい。

飛行機の乗り方がわからなくてごめんなさい。

9月9日が何の日か言えなくてごめんなさい。

人口を知らなくてごめんなさい。

相場を知らなくてごめんなさい。

接し方がわからなくてごめんなさい。

挨拶ができなくてごめんなさい。

 

何にも知らなくてごめんなさい。

何にもできなくてごめんなさい。

 

でも僕は、知らないことを知っていて、知らないでいる僕がありえることを知っていたから。だって、ここにありえたんだから。***と同じように、ここにありえたんだから。僕からすれば、***のほうがありえないんだ。僕をありえないと言う、***こそがありえないんだ。だから、勝負したんだ。どちらがありえるか戦っただけだ。そして僕は勝ったんだ。汚れた金属バットと、転がった***が物語っている。僕は勝った。僕がありえたんだ。僕はここにありえたぞ。僕は、ここにいる!

 

・・・

 

「続いて、この凄惨な事件ですが…。玉山さん、どう思われますか。」

 

「非常に残酷で、恐ろしい事件ですね。ちょっと考えられないと言いますか…。彼はこれが初めての就職で、それまではずっと家に居たと…。ネクタイの結び方も分からなかったんでしょ?読書のひとつもしたことがないと。自室にはテレビもなく、インターネットほとんど触らなかったそうです。28歳になるまで、彼は一体どういった人生を歩んでいたんでしょうか。しかも彼はそういった自分の無知、世間知らずゆえのストレスを、すべてこの上司である堂島さんにぶつけたんです。

常識のなさを責めた堂島さんに対しパワハラだと責任を求める意見もあるようですが、私はそうは思いません。そもそも彼自体が異常に浮世離れしているわけですから。具体的な作品名は避けますが、非常に国民的なアニメ作品も、彼は知らなかったそうです。そういった情操的な部分に関しても、ひどく幼いまま大人になってしまったのでしょう。周りが当たり前に知っていることを知らないのは恥ずべきことであると、そんな当たり前の価値観が未熟だったんですね。彼の書いた通称「ごめんリスト」をすべて読みましたが、ひとつひとつは本当に、極めて常識的な知識でした。もちろん、それを知らないでいることが特別なことであるほどではないと思います。ただし、それらが積み重なることで、彼はやはり異常に思える。彼には知らないが多すぎる。それをある程度責めることは、至極当たり前のことだと私には感じられます。やはり、じゃあ君は何を知っているんだと問いただしたくなる。それを暴力で……。

これはね、ありえないことですよ。彼の無知や浅はかさが第三者に暴力という形でぶつけられた、許されざる悪魔の所業だと私は考えます。」

 

END

 

「水の泡」について、ぜんぶ正直に書きます

お世話になっております。

 

Building303「水の泡」がいかに面白いか、を書きます。

 

タイトルはちょっと釣りです。ごめんなさい。

僕がこういう風に書いたら、ディスりを期待してアクセスしてくれるんじゃないかなと思って、ちょっと悪いことしちゃいました。

正直に書く、は嘘ではないので、どうかお許しを。

 

戯曲が面白い

 

「水の泡」はタカイさんの処女作です。作家にとって、処女作というものは重いものです。大学時代、たくさんの自主公演を観ました。多くは、それが作家の処女作でした。処女作というのは、ガチなんです。……どう表現しましょう。もちろん作家の性質にもよるでしょうが、多くの場合、処女作はガチだと思うのです。ここで言う「ガチ」とはなんぞや、と説明をしたいところですが、多くの意味をはらんでいて難しい。

そのまま「処女」として捉えて構わないような気もする。処女って、ガチじゃないですか。これも人に寄るでしょうが、だいたい、処女って「ガチ」でしょ?

……このニュアンスで問題ないのかな。変な説明になってますが、決してネガティブな意味ではないです。例えば、初めて口にする「愛してる」と、三十回目の「愛してる」のガチさの違いかな。口にするのも、耳にするのも、ガチさが変わるでしょ。というより、ガチさを客観視できるようになるでしょ。

無我夢中っていう意味のガチかな。うーん。うまく言えないけど。

 

でもね、「水の泡」、全然処女作っぽくないんです。不思議なことに。それって、タカイさんがすげー勉強するタイプの人だからだと思うんですよね。童貞のうちに、すっごいテクニックとか知識を詰め込んでくるタイプの人だと思うんですよね。

単純なことだけど、台本の書式とかも。

僕なんかが初めて書いたときは、もう段落とかグチョグチョだったり(今でも)、ト書きなのか台詞なのか分からん見た目になってたり(今でも)するんです。「紙の節約じゃい」とかほざいて、字を思い切り小さくしてギュウギュウに詰めたりして。ほんでスタッフさんに「普通の書式でください」とか言われて。「すみません」つって。

演出のときも調子こいて「じゃあ、ヒカリがハンカチを出すシーンから行きます!音照さんオッケーっすか!?いっきまァす!」とかキラキラほざいて、「あ、悪いけどページ数で言って」とか言われて。「すみません」つって。

 

ほんと単純なことだけど、ハナっからそういうのが整ってるっていう。

これは僕の思う、「処女作的ガチさ」とは対極なんですよね。とても、ちゃんとしてるんです。訳の分からないところが一つもない。大体「処女作的ガチさ」満載の処女作って、「いやもう難解過ぎるわ、そのシーン」みたいな、「ここで国王は自分の服を脱ぎ、丁寧に畳み、その後、破いて泣く」とかいう「ちょ、なに!?」みたいなシーンがあると思うんですけど、そういうのが無いんですよね。しかもこの国王は一言も台詞を発しないし、ずっと舞台上部に鎮座してるだけ、とかね。

 

例えばサリngさんの「僕のヘビ母さん」なんかは、処女作的ガチさ満載だと思うんですよ。すでに評価もされてるわけで、量産タイプの作家(? ちょっとこの表現はテキトー。読み流してください)になるルートもあっただろうに、処女的ガチさでちゃんと書くサリngさんってマジすげーし超おもしれーって思ってるんですけど。

 

そーゆーのを、すっごい確信を持ってぶち込むことが「処女作的ガチさ」だとして。

 

その愛すべき「処女作的ガチさ」溢れる表現が抑制された、処女作。

なかなか珍しい、面白い戯曲だと思います。「これが書きたくて書きたくてたまらんねん!!」が見えない。あると思うんだけど、それをぶりぶり綴ることの良くなさを知ってる、みたいな。好みで言うと逆だったりするんだけど、そこはご愛嬌。

 

とはいえ、ある種の豪快なところが無いわけでもない。そこを見つけると楽しいと思う。地味なんだけど、これを「普通の劇だね」とは言えないと思う。

普通の劇なんだけどね。気持ち悪いと思うよ、この感じ。

 

三好さんが面白い

 

で、Buildingにおいて、「ガチ」なのって三好さんなんですよ。タカイさんの本来の性質としては、「ガチをコントロールする人」なんです。うーんと、つまり、タカイさんは無我夢中系の人間ではないんです。知らないですけど。性質としてはそうだと思う。

 

対して三好さんは、もうホントすぐ命とかをかける。演劇との向き合い方とか話を聞いてても、三好さんはホント、「明日死んでもかまわないよう、今日を全力で生きる」タイプの人間。そういえばレモンキャンディのアフタートークで話したら、樋口ミユさんもそのタイプだった。

僕なんかは、「明日死ぬわけないから、明日を全力で生きるため、今日はもうパワプロをする」タイプの人間だから、(そして翌日も同じだから)、ほんと尊敬しかない。

 

「1000人に会いに行きます!」企画も、脱帽。

togetter.com

 

っていうかこれに関しては脱帽してる場合じゃなくて、もっと協力しなければならない。生来の引っ込み思案と、今月マジで忙しい、っていうことを言い訳にしているが、まずいまずい。単純計算で座組で割ると、一人140人くらいは会いに行かないといけない。多分今、僕、2人でフィニってる。さすがに2人でフィニったら千穐楽のあと体育館裏に呼び出されるかもしれん。(どこの?)

……もうちょっと頑張ろう。これで三好さんが過労で倒れたりなんかしたら、夢見が悪いわ。大塚さんも、東京から来て大阪で走り回っている。すげーなーと思う。なんでこの人たち、こんなに頑張れるんだろう。もはや演劇が好きとかいう次元ではないと思う。たぶん、キングコング西野さんとかロンブー田村さんが、もはやお笑いが好きとかいう次元じゃないのと同じだと思う。原動力が、「好き」とかじゃない、なんかもう、ヤバいやつ。

 

 

舞台演出がたぶんカッコイイ

 

役者にはまだ浅いレベルでしか想像できてないし、ネタバレ緘口令も出ているから、あんまり語れないんだけど。いわゆる小劇場ではなかなか見られない演出があります。うーん、と言っただけじゃあんまり意味ないしなー。

 

なんだろう、ドラマでしか見なかったり、現実でしか見なかったり、特別なときしか見なかったりするものが、舞台上で見られると思います。このあたりは僕も楽しみ。

 

あー、それでいうと、小劇場では多くの場合ガチじゃない「とあること」が、今回はガチです。なんの衒いもなくガチで、ここに処女作性は現れてたりするかも。

わけわかんなくてごめんね。

 

 

Building Hという、何か

 

これもどんなふうになるのかまだ想像できてないんですが、ちょっとしたお祭り的なことになるんだと思っています。この間、稽古場見学にバリスタさんやデザイナーさんが来てくださっていましたが、みんなヒゲを生やしていました。Building HのHはヒゲかと思いましたが、そこはやっぱり平成でした。

 

 

佐々木ヤス子と僕

 

このブログを読んでくださっている人は僕のことを知っていると思っていて、僕のことを知っている人は佐々木ヤス子のことを知っていると思っているんですけど。

僕と佐々木ヤス子が共演しているのは、ちょっと良いと思います。

この二人はこの座組の中でもかなり「演出の指示が入っていない方」なので、わりと自由に演技をしています。佐々木ヤス子さんは調子に乗って、台詞にないことまで言い出したので、そこは僕がタカイさんに代わって諫めておきました。でも、彼女は次もまた、台詞にないことを言っていました。

 

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先日発表された相関図で独立国家を築いていた佐々木ヤス子さん。正直な話をすると、僕は彼女の役の今回のオモシロなところを、「んー、ヤス子さんのこういうのは、おもろいけど、ぶっちゃけどうでもいいんだよなー」と思って眺めていたりします。

 

詳しくは是常さんブログ参照。

やっちゃん。|日々是常。

ameblo.jp

(すごく同意した)

 

そのヤス子さん的テクニックと遊びつつも、内在しているものが多いやり取りになるといいなと目論んでいます。彼女は今回、概ね僕と絡みます。なんとかこう、「あの二人、ふざけてたけど、実は一番演技で語れてなかった?」みたいな結果になると、主役二人を殺せるなと思っています。いい芝居ができる余地がある本なので、いい芝居がしたい。

 

でもなー!!正直苦しんではいるんだよねー!

「いやこの芝居じゃつまんねぇだろ…」っていうルートに行きがちだし。あ、これは僕限定の話ね。ぶっちゃけ、今は忌避しているタイプの、なんかこう、類型的な、類型的ってのも便宜上で、「いわゆる典型的」っていうか、なんていうの、この世に典型的な人なんていないじゃないですか?この世に類型的な人なんていないじゃないですか?その、こう、漠然としたイデアに依拠する演技になっちゃうのが、たまんなくつまんないんだよなー…。

「こんな人いそう」で「いない」より、「こんな人いなさそう」で「いる」がやりたい。(何気にサラッと名言出してもうた。こんなこと、誰か著名な作家言ってそう)

 

役を殺したくはないね。頑張ろう。

 

また書きますわ。

 

ぜひ観に来てください!!!

 

よろしくお願いいたします!!!

 

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Building303_水の泡

 

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(了)

大きく息を吸って、沈黙!

ちんもーく

 

あたしは沈黙した。何と言うべきなのか分からなかったから。そうしているうちに、「何と言うべきなのか分からない」ということを、まずは言うべきではないかという気がしてきた。それでも沈黙した。だんだん、「言うべきこと」を「言うべきかどうか」で悩んでいるのが、馬鹿らしくなってきた。「言いたいこと」を「言いたいときに言おう」と思った。……結局、何が言いたいのかはあまり分からなかった。だからまた、沈黙した。

 

そんな思いを、そんなままで、吐き出してみることにした。それは結局、沈黙だったけれど。大きな声で、沈黙した。みんなの前で、叫ぶように、沈黙したのだった。

 

#####

 

恥ずかしがり屋

 

鼻血を隠すキミが、なんだか愛おしかったから。

おちんちんは平気で見せるし、そこから出てくる白いのも、平気であたしに見せてくるのに。

鼻血が出たとき、照れて血を隠したキミが、なんだか愛おしかったから。

 

そういえばキミは、うんちも隠すし、おしっこも隠す。

そんなキミの、照れた姿が可愛くって。

 

脳みそとか内臓とか、ごめんね。

そんなに、全身真っ赤にして、恥ずかしがらなくってもいいのに。

 

かーわいい。

 

#####

 

君の成長

 

ミルモでポン!」の話がしたかったのに、圭くんは「でんじゃらすじーさん」の話ばかりするから。男の子って、子供だと思う。圭くんは、どんな大人になるのかな。あたしの心を掴むために、「ミルモでポン!」をしっかり前日に読んでくるペテン師になるのかな。それとも「ゴーマニズム宣言」を読まないあたしを、優しい目で眺める政治的パリピになるのかな。いずれにせよ不快だから、「でんじゃらすじーさん」がいかに面白いかを語る、目の前の圭くんを今は好きでいようと思う。

しばらくして、圭くんが漫☆画太郎の話をするようになった。変な奴になるかもしれん。

 

(了)

演劇用語の基礎知識

お世話になっております。

 

今日は演劇用語の解説をします。

 

  • アクティングエリア

役者同士の芝居が成り立つ距離感。例えば、「その泣いている芝居をしているタケモトにそれ以上近づくと、タケモトの芝居に飲み込まれるから、離れて」などと演出家が言ったとする。このとき、タケモトが放っているオーラがアクティングエリアである。

 

  • あごあしまくら

アンドロイド演劇の台頭により、役者の脳に価値が無くなった。頭を枕に置くのではなく、「発声」を司るあご、「動作」を司る足を、頭よりも大切にせよというスローガン。

 

猫背矯正器具を付けたまま舞台上にあがった役者に対し、観客が叫ぶ掛け声。「ヨッ、板付き!」というように用いられる。

 

  • いちべる(1ベル)

携帯電話の電源を切り忘れた観客の電話が鳴った時、それを即座に止めるためにスタンバイしているボーイ。一列目にいるのが1ベル。二列目が2ベルである。最後列のケツベルから始まり、成果を挙げればそのまま舞台上にあがれると言われている。

 

  • インカム

特に意味のない言葉。舞台監督が「ここはインカムでキュー出します」と言っているのは、単なる鳴き声なので、全く気にしなくて良い。

 

  • エアモニ

エアーモーニングの略。本番当日の起床確認連絡で、「起きました」と連絡をしたあと、眠ってしまった場合、「あいつ、エアモニかましてない?」などと劇場で騒がれる。

 

  • がなりマイク

声の大きな音響さんのことを、みんな陰でこう呼んでいる。

 

  • かみて(上手)

舞台上部。

 

  • キッカケ

演劇界において「キッカケ」といえば、なぜこの業界を選んだかを尋ねられていると思ってよい。「キッカケは?」「ここ、キッカケどう?」といわれた場合、君がどうして演劇を選んだのかを語ろう。ベテランになると、「キッカケは?」を無視しても良い。

 

  • キャパ

カンパのこと。公演が赤字になったとき、「なんとかオシャレな言い方はできないか?」と、唐十郎が生み出した言葉。カンパが大量に集まり黒字になることを、キャパオーバーという。

 

  • ケータリング

お供えもの。楽屋などに置かれているお菓子類は、劇場に捧げる供物であるため、決して手を付けてはならない。敬侘輪倶と表記する。

 

ネコババのドイツ語。「この劇場、楽屋ゲネプロが出るらしい」と使う。

 

  • しこみず(仕込み図)

主に舞台監督が手にしている「恥ずかしがらずに人と話す方法」が書かれた紙。シャイな性格が多い舞台監督。破いて、積極的に笑顔で話すと、きっと仲良くなれる。

 

  • しもて(下手)

劇場地下。

 

  • そでまく(袖幕)

唐十郎にお金がなかったころ、「てめえら半袖で十分だろ」と、極寒の中、観客の長袖を破いていき、その袖で幕を作ったという伝説のこと。

 

  • ソワレ(soiree)

女性向けサービス。

 

  • つなぎまく(つなぎ幕)

そでまく(袖幕)に同じ。

 

  • ばあたり(場当たり)

イライラした演出家が、灰皿を投げた時のその反射角度の様子。うまく柔らかいところに着地する空間を、「ここは場当たりが良い」という。

 

  • バトン

給湯室。「お、ここの劇場バトンあるやん!」と、やはり嬉しい。

 

  • バミる

打ち上げの定番はバーミヤン千穐楽などで、「今日はバミりまーす!」と声が飛ぶ。

 

  • ピーエー(PA)

音響スタッフの鳴き声。無視しても良い。

 

  • ピン(PIN)

照明スタッフの鳴き声。無視しても良い。

 

その実態は謎だが、この幕を汚したり傷つけたりすると、非常にまずいという伝説だけが残っている。

 

  • マチネ(matine)

男性向けサービス。

 

  • もぎり

開演ぎりぎりに駆け込んでくる観客。「ごめん、今もぎりが来たから3分押します」などと使う。

 

この知識を用いて生じた被害について、一切の責任は取りません。

あしからず。

 

【参考】

http://www.city.bando.lg.jp/page/page000653.html

 

(了)

レモンキャンディ、終わりました。

お世話になっております。

 

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匿名劇壇第九回本公演「レモンキャンディ」、終演いたしました。いやあ、疲れた。だけど、東京公演ができてよかった。色々、意識とか変わりつつある。少し前まで「アフタートークなんて、ニガテだし。ダセェし」と思っていたけど、それも楽しくやれた。次回公演でも、アフタートークはやりたいな。東京公演は毎日アフタートークがあって、楽しかった。

 

なんだか今回の公演は、肩に力が入っていて、とても疲れた。

立ち上がった演劇作品にはある程度満足していたものの、ごめん、やっぱり言ってしまうけど「これは本が面白くない」。でも、ちょっと今までと違うのは、どこをどうしたら面白くなるのかが、すごくわかる。今から書き直したってかまわないくらい。土田さん、横山さんとのアフタートークでほぼタネはバレてるけどね。

あと演出についても、反省点がある。演出についての反省点なんて、今まで気づいたことがなかった。大体全部本のせいにしてきたけど、今回は演出の良くなさが見えた。これって、僕にとってすごく斬新な体験で。衣装、美術、チラシ、音、明かり、すべて統べる者として、手の届いてなさを知ることができた。役者との作り方も、同じく。

 

んでんで、北川さんはアフタートークではお手柔らかにしてくれたけど、楽屋裏なんかでは伝えるべきことをちゃんと伝えてくださって。「戸惑えよ」のときは頭真っ白で何にも聞こえてなかったけど、今回はすごくクリアに聞こえた。北川さんが「自分が伝えられることを、伝わる言葉で、伝えることが、僕の使命」的なことを考えて話してくれているのがすごく伝わって、ありがたかった。ちゃんと劇団員とも共有しなければ。

 

  • 「何を表現したいのか」

 

それと向き合って、次は作ろうね。

「何を表現したい」が一切ないまま、「さも何かを表現しているかのように描ける」という僕の才能は、もういいや。何にも隠し持っていないのに、「さも何かを隠し持っているかのように見せることができる」という僕の才能は、もういいや。この部分に関して、僕はぶっちぎりで天才的だと思っている。才能のバロメーターが、この衒いの能力に全振り分けされていると思っている。それはそれで武器だから、それで戦いたくもあるんだけど、さ。他の誰とも違う僕の能力ってそれなんだけど、それじゃ戦えないフェーズに来てるんだろうな。それこそ、学校一の爆笑王や道頓堀の人気者くらいなら、その能力でなれるんだろうけど。プロになろうぜ、プロに。まだまだ、アマいな。

しっかし変なモンを能力にしちまったもんだぜ。能力バトルなら完全にジョーカーだろ。「あなたの能力は、“とてもすごい能力を持っている”と相手に思われる能力です」だろ。問題なのは、わりと「それを見破る能力者」がその辺にごろごろいることなんだよな。だからもうそんな能力はさておきで、さっさと金属バット持とうぜって話ですよ。

 

んー…。本当はね、お金を貰って公演をしているわけで、あまり自分や作品を腐すようなことは言いたくない。でも、そこに嘘をつき始めたら、終わりだと思っている。僕は僕に誠実でありたい。せめて僕だけが、僕に誠実でありたい。だから、「面白くない」なんて暴言をどうか許してほしい。まーでも性格だからなー…。死ぬまで言うのかもなー…。カフカだって、全部燃やす気だったんだぜ?

ただ、俳優は良かったと思う。いい劇団の、いい芝居だったと、そこは自負している。

 

さて、せっかくなので、いろいろ振り返ろう。

 

  • 唐揚げとレモン

 

冒頭の唐揚げとレモンのやり取りは、カルテットの第一話と似てる?被ってる?そのまま?それ以下?なようですが、これは偶然でした。役者に渡したとき、石畑だけカルテットを見ていたようで、「これ、カルテットですよね?」と言われたことを覚えている。僕は見ていないので、偶然の一致です。さすがにカルテットは人気ドラマなので、「え、ヤバい?めっちゃ似てる?パクリレベルで似てる?」と激しく尋ねました。

ドラマを見て直すか、あるいは被っているということで仕方なく引き下げるか悩みましたが、やっぱり「唐揚げとレモン」っていうちょうどいいアイテムを引き下げたくなくて。しかも「冒頭の滑り出しはこれでいこう!」って、結構自信を持って書き上げたし。特にレモンは出したくて、「もうすでに汁は滴り始めてんだよ(=落ちる)」も言いたかったし。結局そのまま行きました。まだカルテットは見ていません。

「カルテットのパクリ」「カルテットのオマージュ」「カルテットのパロディ」、いろいろ言われましたが、カルテット、宮藤官九郎が帰ってきた回を15分ほどしか見ていません。

 

まーねー…そりゃ止めておこうかとも思ったけどさー…。しかし、「やり取りがカルテットと同じで、でもカルテットより面白くない」って言われるのは悔しいよなー。現役大人気脚本家に勝負を挑んで、勝手に負けたという悲しい話です。ちゃんと、第一話を見ておこう。

 

  • しゃかいもんだいっ!

 

劇中に登場するアイドルグループ。モチーフは「あべりょう」という歌手です。youtubeで検索すると、ポップなメロディでやたらポリティカルな歌詞が流れる可愛らしいアニメ動画が見つかると思います。「しゃかいもんだいっ!」は「あべりょう」からのインスパイアです。台本には登場しませんが、「しゃかいもんだいっ!どんなもんだいっ!」という自己紹介ソングみたいなのも作りかけました。いらないので捨てましたけど。実は、「カムバック北方領土」もちょっとだけ作りかけました。

歌詞とメロディは僕が作っています。楽器も何もできないので、鼻歌です。僕は楽器もできないし歌も下手なのに、歌うことが好きで、よくカラオケに行きます。即興で歌を作って歌う遊びをすることもあります。その延長線上で作りました。

だから、劇中「wow wow キャッシュバックフラッシュバックチルドレン」と歌われる歌が、嵐の「Love so sweet」に酷似してたりします。「おーもいでずっとずっとわーすれない空」とすげえ似てます。あと「不純異星人交遊録」は、完全に「走れ走れマキバオー」です。

ド素人が脳内で生み出すメロディなんて、こんなもんです。

 

ただ、レモンキャンディが分かんないんですよねー。絶対に聞いたことあるメロディなんですけど。「バイバイ すぐに溶けちゃうよ でもね 口の中に絶対あった」あたりのメロディ、誰か何かピンとこないですかね? Siriに聞いても、「わかりません」って言われましたし。ピンときた方、教えて欲しいです。

 

  • 東京公演と大阪公演

 

確か大阪で700人くらいを動員出来て、劇団最高記録でした。でもゲキゲキが1000人超えてたり、壱劇屋も余裕で1000人超えてたり、ほんとガックリくる。この5月で旗揚げから丸6年経って、7年目に入りました。それを王子で北川さんに話すと「あれ!?意外とオジイチャンなんだね」って言われたし。なんかもうホントガックリくる。今年で27歳。OMS戯曲賞が男性最年少とか言ってたけど、そんなのホントどうでもよくて。憧れの先輩たちはみんな27歳くらいにはイイ感じになってて。少なくとも作演は、ここらへんで食えはじめるとお聞きしていますケド!?なのに食える気配が、一切ありませんケド!?ぶっちゃけ東京公演のあとも、「いや、期待してるよ。これからだもんね」的なことをたくさん言われた。勘弁してくれ。オジイチャンなんだぜ。あるのかよ、これからが。これからなんて、あるのかよ、俺たちに。レモンキャンディ六個食いしたろか、ほんまに。

 

ツイッターを見りゃドキぼの本間さんなんて、ホント意識高ぇこと言ってるし。三好さんやタカイさんなんて年下なのに超優秀だし。なんだよ、俺。なんなんだよ。

 

  • ご来場ありがとうございました!

 

なんだかんだ、単独で長尺の公演をやるっていうのが一年半ぶりで。フラッシュフィクションやPlantMとの合同公演しか昨年はやってなかった。また公演やりますんで、来てください。次はOMS戯曲賞で大賞だった「悪い癖」を再演します。

 

たしかこれも上演後にぐちぐち言ってたような気がするけど、どうだろ。

…今見ると、公演終了後三か月間ブログもツイッターもやめた挙句、8月にこんな記事を書いていました。

https://tokumeigekidan.jimdo.com/2015/08/05/%E6%9C%80%E8%BF%91%E3%81%AE%E5%83%95/

 

だいぶ、メンタルがやられていたようです。

俺、ほんと大丈夫か、おい。土田さんが僕を心配する理由も、過去の僕を見るとわかる。過去の僕は、ほんと心配。めっちゃ病気になりそう。でも、今の自分がそうだとは思わない。でも、未来から見ると、今の僕も危ういのかな。

 

へへ。

 

じゃ、また、アイホールで待ってるから!

 f:id:tokumeigekidan:20170602175409j:plain

(了)